試合後のヒーローインタビューの最中に羽生直剛は溢れる涙を抑えることができなかった。厳しい評価を受けてきたという今季、ここまでの戦いを思い出しながら言葉を詰まらせた。もちろん楽勝の試合だとしたら、あのように感極まる事はなかっただろう。「勝たねばならない相手」に対し苦しめられ続けた事が、感情の高ぶりを呼び起こさせたのである。
選手たちが「勝たねばならない重圧」と戦っていることを示す証言はいくつかある。例えば椋原健太。1点をリードした後の時間帯について「1点を取るとリラックス出来る。久しぶりな安心感でした」と笑顔を交えながら話している。厳しくも優しいサポーターの声援に答えねばならないとう責任感もあるだろう。1年でJ1に戻ることを宿命付けられたチームにとって、まさに厳しい戦いが続いている。
FC東京が苦しめられたのには訳がある。そもそも富山は「一泡吹かせよう」(安間貴義監督)と東京に乗り込んできていた。最初から守備的に戦うつもりではなかったのは「今日は守備的な選手を入れず、アタッカーの選手ばかり連れてきた」(安間貴義監督)というメンバーリストを見ればはっきりする。その富山が、3枚の交代カードを3枚とも負傷によって切らざるをえないという緊急事態に追い込まれたのは彼らにしてみれば誤算だった。さらにはその3選手が戦力的に「本来ずっと残っていてほしい選手だった」(安間貴義監督)事も、富山には重荷になる。これらの事態が積み重なり、富山は試合途中から守備に回らざるを得なくなるのである。
ここで評価を誤るべきではないと考えるのは、立ち上がりからしばらくの時間帯で富山は果敢に攻める姿勢を見せていたという点であろう。ただし前述のとおり富山が28分に一枚目の交代カードを負傷によって切った頃から、完全にFC東京がペースを握る事となった。
FC東京はポゼッションと速攻とを使い分けつつ、サイドと中央とを程良くミックスさせながらボールを前に運んでいく。引いた相手に対するセオリーとしてのミドルシュートに関しても上里一将が「ミドルシュートは狙っていましたし、相手が下がりながらディフェンスしていたので、引き出したいと思っていた」と言うように、意識的に狙い続けていた。
そうしたFC東京の攻勢に対し、富山は「どの試合でもああいう感じ。守れる感じだった」(池端陽介)との手応えを持っていたという。また、実際に守れてもいた。ジリジリとした時間が過ぎていく中、FC東京を救ったのは羽生の動きの質の高さによるゴールだった。
大熊清監督は試合後の会見で羽生のゴールについて「オフザボールの動きが素晴らしかった」と手放しで賞賛し、見習ってほしいとまで話している。あれだけ守ってくる相手に対しては、第三の動きが重要になる。その点について羽生自身は「3人目の動きというか、ボールが動いているときに次の動きを取るということ。ボールが入りそうなときにどう動き出すのか。次に受ける人の選択肢を増やしたい」と話し、現実問題として停滞してきたチームに対し「一人ひとりが勝負を挑み続けることの大事さを表現したかったというのはある」と話している。
3試合連続で点が取れていなかったチームにとって、動きの量と質とで得点ができることを示した羽生のゴールは、大きな意味を持つものとなるであろう。必要以上に守られ、それを崩せない戦いがこれからも続くことを考えれば、FC東京の戦いを転換させる大きな示唆を与える試合だったのかもしれない。
勝利によってFC東京が一息ついた一方、負けた富山はそれほどの悔しさをみせていなかったのが印象的だった。それどころか「あれだけの選手を揃えているチームに対しての1失点は自信になります」(池端陽介)という声も聞かれた。安間貴義監督は「技術的に足りない事は自覚しています。2廻り目に当たったときに一泡吹かせられるようがんばりたい」とも話している。
これまでJ1から降格してきたチームは、序盤戦に戦力差を見せつけて他チームを圧倒し、その力にJ2の他チームが慣れる事で苦しみ始めるという戦いを続けてきていた。そういう意味では、FC東京は開幕ダッシュを決めておかねばならなかった。ただし、それができていないという現実がある。FC東京の今日の勝利は、強いチームが見せる勝利への執念を存分に発揮していたと思う。ただ、ギリギリの戦いの中で、相手チームに与えた自信が巡り巡って彼らを苦しめてしまうのではないかとも危惧している。
「今日やってみて、相手がというよりも、うちがよくなっていると思う。卑屈になることはないと思う。監督が代わって1年目だしもっと良くなりますよ」と不敵に話す黒部光昭の言葉は、もしかしたら富山だけの印象ではないのかもしれない。
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