川崎フットボールアディクト創刊のお知らせ

ご存知の方も多いかとは思いますが、JsGOALが1月末をもって更新を終了し、新サイトの方に統合される事となりました。
Jリーグの取材情報を記事として公開する場として、本当にお世話になってきました。

JsGOALには感謝の気持ちしか無いのですが、そのJsGOALもホームゲームのみの取り扱いということで情報の半分は出せないという状況があったため前から川崎フロンターレ専用のニュースサイトを立ち上げようとは考えていました。

今回、いろんなタイミングが一致して、Webマガジンという形で、サイトを立ち上げる事になりました。声をかけていただき、クラブ側にも理解していただき了解をもらえました。掛け持ちもOKだと言われていたJsGOALの統合による運用の停止は想定外でしたが、そんな動きの中でできたのが川崎フットボールアディクトというサイトになります。

ぶらり途中下車~別府編

大分vs川崎を取材後、翌日に中津へと移動する合間を縫って別府に立ち寄りました。

大分駅から別府までは鈍行で270円。特急料金込みでも300円とお得になっています。

また、空港バスがトキハ前に停車するため、そのトキハに荷物を預け、近隣の温泉を楽しむという方法をオススメしたいと思います。

ということで、まずは大分駅から別府駅へと移動します。
鈍行と特急とを気にしなければ、日中は1時間に5~6本でていますのでタイムロスなく別府への移動が可能です。


別府駅に降りると、改札口の右手に観光案内所があります。
ここで温泉ガイドが販売されているとの未確認情報もありますが、よくわからないです。

駅前にはよく分からない立像があってファンキーです。







まずはトキハを目指します。
この大分県NO1のデパートに向かう理由は、コインロッカーです。
利用時に100円玉1枚が必要ですが、荷物を取り出す際に帰ってくるので実質無料となります。
このトキハを起点にいくつかの温泉があるため、ここをおすすめしています。

前回の訪問時には職員の方が預かってくれていたんですが
人権費削減のためでしょうか、コインロッカー方式になっていました。

ちなみに竹瓦温泉という風情のある温泉がおすすめなんですが
すでに一度経験済みのため、今回は国道10号線を渡った先にある北浜温泉街を目指します。




今回訪問したのは、ツィッターで紹介してもらった「天空湯房 清海莊」という温泉です。
こちらは宿泊客でなくても500円でお湯につかることができます。
ちなみに借り湯の場合12時から17時までの利用となります。

湯船は二つあり、海に面した湯船は少々ヌル目となっています。
快晴の別府湾の眺めは最高で、少々長居しましたが、ヌル目湯加減だったこともあり
湯あたりすることもありませんでした。

今回立ち寄ったお風呂は1軒だけでしたが、複数のお風呂をはしごするのもいいと思います。
公共温泉の場合、100円とかでも入れます。



時間があったので、同じく時間のあった別府在住の知人とともに「喫茶なつめ」というところに移動。
温泉コーヒーというものを味わうことに。別府市民憩いの場、という訳でもないようですが知人は高校入試前にかつサンドを食べに来たことがあると話していました。
なかなか牧歌的で好きです。
コーヒーをいれた温泉とともにコーヒーが到着。セットにしたケーキと共に美味しく頂きました。
ちなみに所在地は「国際通りソルパセオ銀座」。
大分県には変な横文字の商店街が多すぎて嫌いです。






ということで、ざっくりとですが、途中下車して楽しむ別府温泉でした。
よかったら参考にしてみてください。
情報は古いですがこちらも参考にしてみてください。
「寄り道の別府温泉」

写真は世界三大タワーの一つとして有名な「別府タワー」です。
挙動不審のPowerShotS90ですが、ショップに持ち込んだところ即座に初期不良として認定してもらい交換と相成ったわけですが
交換時に係の方「土田さん」とか話してたけど、から
「新しいロットが入荷しているので、その中でも一番新しいものをお持ちしました」と言ってもらっていた。
そういう事を言われるとまあ、悪い気はしない。

初期ロッドで不具合を出し、その後のロッドでブラッシュアップしていく。
まあ、工業製品としては当たり前の進化の過程を踏むわけで
それ自体は悪い事ではない。

で、交換してもらった個体が、最新のロッドのさらに新しいものであるとの説明を受けると
それは真に受ければうれしいものである。

で、早速自宅で機種登録を敢行。そこで残念な事実が。

初期不良で交換してもらった個体のほうが、通し番号で3番ほど大きい番号だったのである。

いや、キヤノンのナンバリングが小さい番号から大きい番号へとは進まないのであればそれで良い。
しかし、もし仮にキヤノンのナンバリングが、小さい番号から大きい番号へと普通に進むのであれば
対応してくれた店員さんの言葉は嘘になる。
嘘なのかどうなのか、調べようと思えば調べられるし、調べようかなとも思うが、
そうしたところで何かが変わるわけではない。


ただ、交換時にそうやって嘘をつかれたのが残念なのである。
ウーム、残念だなぁ。
好きな機種なんだけど、そういう事をされると気持ちが遠ざかってしまうよね。

うそつきとは付き合えないのと同じ理屈でさ。

初期不良(CANON PowerShot S90)

以前購入したIXY 920ISを紛失してしまい、代わりの機種をどうするかずっと頭を悩ませていた。
後継機の930ISはなにしろ残念な仕上がりで、安っぽいし、細長いし。
店員に話を聞いたが、どうやら携帯的な形状にする事で、とりあえず外に持ち出してもらいたかったという事らしい。
それにしても、920からの質感の落ちっぷりにはがっかりさせられた。

そんなわけで、コンデジ難民となっていたボクに、突如としてPowerShot S90という救世主が現れる。
明るいレンズだし、CCDもこの手の機種にすれば大型だし、その一方で画素数は控えめで高感度を実現している。

という事で、南アへの出発を前に購入に踏み切った。
清水の舞台から飛び降りる覚悟ではあったが、いざ買ってみると、やっぱり良かったと思わせる機種である。

と思っていたのだが、残念な事に不具合を抱えている事が発覚。
一部の動作が挙動不審なのである。
液晶保護フィルムまで貼って万全の態勢にしたのに、こんな事になろうとは。
とにかく、残念である。

http://www.youtube.com/watch?v=yK8DVCWMkvg

ルールとマナー

ルールとマナーというのは一見すると似ているのだが、実は違うものである。それぞれを日本語に置き換えると、ルールは規則であり、マナーは常識だったり良識だったりということになる。

規則は、何らかの枠組みをある自由な状態の中に適用することで、人間の行動範囲を制限するもの。
常識だったり良識だったりというのは、人間社会の中で、それぞれの社会が作り上げていく、明文化されることのないごく緩やかな規則である。

で、先日問題が起きた。神奈川県の神田高校の入試時の問題である。

ここの校長先生が、入試時の服装を見て問題がありそうな生徒の入学を前校長が持つ「常識や良識」の範囲で制限した。
なぜかその事実が表面化。
校長は「規則」にない選抜基準で合格圏内の生徒を落としたとして、批判され、校長職を解かれ、更迭された。

そこで問題。この問題は何が問題なのかと。

あるブログで県教委の対応がおかしいと書いたところ通りすがりの、いわゆる「規則原理主義者」さんからクレームの書き込みが。
原理主義者さんは、「入試の基準として明記されていない」ことを理由に、身なりを理由にした不合格の決定はおかしいと。
それに対し、義務教育ではない高校の入学生を選ぶ基準は高校側に一任されているはずだとブログの著者。

最初のやりとりだけ読んで、最後まで追いかけなかったので、ブログの著者さんと原理主義者さんとの結末がどうなったかはわからないんですが一般的にこの問題、どちらの見方も正しいという事になると思っている。

つまり前校長の対応を批判する人は、入試の点数以外の基準が持ち込まれ、それが許された場合、今後全国に校長や教職員の裁量による入学基準の変動が許されかねず、公正な入試の担保に支障を来す可能性が出てくる、という懸念を持っているわけである。

もちろん、前校長の信念に基づく判断は全く間違っていないという立場の人も出てくる。
ただ、前校長の信念を指示する人の立場は弱い。
なぜならば、前校長の「信念」という数値化できないもの、それは良識という言葉で表現できるものなのだが、それが前校長支持派の根拠になるからである。

前述したが、前校長を支持ずる場合、前校長がどれだけ公正な信念を貫き続けたとしても、その信念が今後、入試の点数以外の入学基準が明文化されない形で全国に広がった場合前校長が彼の思考の中で作り上げてきた「公正な信念に基づく入試基準」までは広げられないのである。なぜならば前校長の信念を数値化し、基準として全国に広めることができないからである。

つまり規則原理主義者は、誰がみても一目瞭然の、全国一律の基準があるべきだと主張しているわけである。そしてそれは選択側=体制側=権力者に対する性悪説に基づいていると考えると理解しやすい。権力者を(は)放置するとろくな事をしないぞ、とそう考えている訳だ。

対する前校長支持派は、体制側に対する性善説に基づいているのである。良識を持つ権力者には、一定の裁量権を認めていいと。

主に戦後の教育は、権力の暴走という虚構(なぜ虚構なのかは後日、書くかな?)を非常に過大に評価しているわけだけど、それが今回の入試問題を大きくした理由の一つなのかなと思っている。

この問題を収め所があるとすれば、それは選択側=体制側=権力側の権力を、ルールという名の規則で縛ればいいのである。そしてそれは入試の選択基準の中に、服装の規程を一文入れるだけで済む。要するに権力が暴走する可能性を事前に防げばいいわけだ。

前校長が選択する側にいる限り、そしてその前校長の信念を知る限り暴走はあり得ないと思うのだが、その信念が拡散したときに、服装の条件を規程化しておけば、権力側の暴走はある程度は防げるものと期待される、と原理主義者側は考えているのである。

権力を「悪」と見なす視点も、ある程度の範囲では必要だと思う。ただ、何もかも権力を悪として見下す考え方には同調できない。これだけ教育問題に真摯に取り組み、実際に一つの高校を更正させてきた前校長を解任、更迭した人間は、前校長の良識を信じられなかった訳で、もちろんそれは前校長の良識を数値化できないからなのだが、だったらしかるべき立場の人が言葉で前校長を守ってほしかった。前校長も自らの言葉でその信念を全国の教育者や子を持つ親、国民に示してほしかった。

「セント・オブ・ウーマン」という映画があるが、この映画のクライマックスの場面で、言葉の力をまざまざと見せつけられるシーンがある。鳥肌ものである。

小泉純一郎氏がすごかったのは、言葉に力があったからだろうと思っている。彼を悪魔化しようと様々な工作がなされたが、彼の言葉の力とそれによって伝えられた信念は、自民党を歴史的な勝利へと導いた。彼の全ての政策に賛同するわけではないが、彼のやってのけたあの大勝という偉業は歴史に残るものだろうと思う。

日本人は言い訳を好まない民族である。
政治家が批判に対し対抗すると「大人げない」とかという反応が返ってくる。
子供が自分を正当化しようとすると「理屈っぽい」という反応を示してしまう。

人間がここまでの進化を遂げてきた理由の一つは、人類が言語能力を手に入れたからである。言葉は自らの意志を伝え、相手の意見を聞き入れるための、そして経験を後世に伝えるための非常に重要なツールである。ところが驚くほどに、日本民族は言葉をないがしろにしている。

あうんの呼吸という伝統が息づくこの国には言葉は、日常生活に添えられる程度のものなのかもしれない。ただ、本音と建て前を使い分けられる二重人格民族である日本民族ほど多面性を使いこなせる民族はいないとも思っている。

自分がわからないことがあれば何度でも聞けばいい。だけどそれで空気がおかしくなれば、その場の空気を読めばいい。

正義とはかけ離れた批判を受ければ、言い返せばいい。それが言い訳と取られても、そうすべきだ。そこに信念があれば必ず受け止めてもらえるはずである。

長くなったが、日本人は責任を取りたがらないから、規則という名の保証がほしい民族であると思っている。だからこの前校長の悲劇を繰り返さないためにもぜひ、規則を作ってほしいと思う。留保事項として入れておけばいいだけの話である。入試にまともな格好をしていけない人間が、社会性を要求される学校という場で、個性として正当化されてきたのであろう行き過ぎた個人主義を変えられるわけなど無いのである。

ということで長くなったが、前校長が解任された神田高校野球部のノンフィクションがよかったです。たぶんそのうち消されますので視聴はお早めに。(#注 youtubeでは削除済みのためリンクを外しています)

ザ・ノンフィクション 負けんじゃねえ~神田高校に起こった奇跡 1/6

ザ・ノンフィクション 負けんじゃねぇ~神田高校に起こった奇跡 2/6

ザ・ノンフィクション 負けんじゃねえ~神田高校に起こった奇跡 3/6

ザ・ノンフィクション 負けんじゃねえ~神田高校に起こった奇跡 4/6

ザ・ノンフィクション 負けんじゃねえ~神田高校に起こった奇跡 5/6

ザ・ノンフィクション 負けんじゃねえ~神田高校に起こった奇跡 6/6

魂の決勝ゴール

 08年のJ1リーグのサプライズとなった大分が、最後にJ2で戦っていた02年の事。C大阪との首位争いを巡る戦いの中、昇格を大きくたぐり寄せる大一番があった。10月13日に鳥栖スタジアムで行われた鳥栖戦である。

 この試合、大分は前半に先制するのだが、後半開始直後に同点ゴールを奪われて歯車が狂いはじめる。当時の鳥栖は40節を終了した時点で獲得した勝ち点が33にとどまっており、順位も10位と低迷。そうした背景を考えれば大分にとっては引き分けすら許されない、という雰囲気の試合だった。勝たなければならない相手に同点に追いつかれた大分は、後半80分に凍り付く。森田にこの日2点目となる逆転ゴールを叩き込まれたのである。

 試合時間は残り10分+ロスタイム。だれもが最悪の結末を覚悟した終盤だったが、ここから大分がドラマを起こした。まずは終了間際の87分。サンドロが同点ゴールを奪う。負けムードを一掃する値千金のゴールに沸き返る大分はその勢いのまま鳥栖を攻め立てると、わずか1分後に西山哲平が逆転ゴールを叩き込んだのである。大分の歴史上指折り数えられる劇的なミドルシュートだった。

 お祭り騒ぎの大分を尻目に、主催者となる鳥栖は敗戦に沈む。そしてそんな状況でも、スタジアムDJには、試合終了後の仕事が続く。当時その場にいた筆者は、J1へと近づく勝利に心躍る思いのまま、試合終了後の場内アナウンスを聞いて心動かされることとなったのである。

 彼は率直に「大分のみなさん、おめでとうございます。このままJ1へ行っちゃってください」と述べると「J1で待っていてください」と続けたのである。

 実はこの発言。ぼくが過去に聞いてきた場内アナウンスの中でも最高に好きなものなのである。祝意の中に「お前ら上がったら落ちてくるなよ」という激励と「鳥栖も絶対にJ1に行くから」という自らに対する強い気持ちが込められていたのである。負けた側から発せられたこれほど男前な場内アナウンスはなかなか経験できるものではない。また、この優しさと思いやりと、決意に満ちた言葉は個人的な涙腺スイッチになっていて、今でもこの話を人に説明するだけで泣けてくるのである。そして、そんな感動的な言葉を口にしてきた鳥栖スタジアム(現ベアスタ)のスタジアムDJさんに先日ようやくお会いすることができた。聞けば鳥栖スタジアムができてからずっと変わらず場内アナウンスを担当してこられているとのことで、まさに鳥栖と共に歩んでこられた方だった。でっかくてなんか黒くて、だけど穏和な口調があの日のあの言葉とすんなりシンクロした。

 6年来の宿願だった上記場内アナウンスに対する謝意と賞賛と、挨拶を果たせた横浜FC戦の試合後、久しぶりに鳥栖の元広報氏と再会できた。彼は会うなり「普通勝ってもそんなに感動したりはしないんですが、この試合は来ましたね」と話を始めた。

 実は昨年から鳥栖の複数の選手は久留米大医学部の小児病棟を慰問で訪れているのだという。この病棟に入院している子供たちは重篤な状態だとのことで、スタジアムに招待したくても、それが原因で体力を使い、病状が悪化する可能性もあるのだという。そういう訳で、なかなかスタジアムへと招待することができていなかったのだという。ただ、去年慰問した際に選手と交流した子供さんの一人は無事に退院し、応援に駆けつけた事もあるという。

 今年は9月12日に慰問したとのことだが、その時に選手と共に交流した子供さんがこの横浜FC戦の応援にスタジアムを訪れていたという。ホームの鳥栖は前半の28分に先制点を奪われてしまうが、その7分後に追いつくと、後半開始早々の47分に勝ち越しに成功。しかし詰めが甘く終盤の78分に2-2の同点に追いつかれていた。

 鳥栖の歴史上最多の観客を集めて行われた熊本との36節の九州ダービーを落としていた鳥栖は、地元紙に「終戦」と書かれ土壇場まで追いつめられていた。J1昇格を念頭に置くと、もうこれ以上勝ち点を落とせない状況の試合を救ったのは、86分に決まった高橋義希のゴールだった。

 そもそも鳥栖の小児病棟への慰問は、高橋がチーム側に相談したことでスタートしており、まさに高橋は発起人。そしてそんな高橋の放ったシュートは、ポストを直撃しゴールの中へ。いろいろな背景を知っている元広報氏は、魂が乗り移ったかのようなゴールを見て珍しく泣いたのだという。



 試合後にヒーローインタビューを受ける高橋。その後、視線をスタンドへと移し、スタジアムを訪れていた子供たちを目で追いかけていたという。

 この慰問は選手側の要望でマスコミを排除して行われてきているとの事。パフォーマンス的な目で見られると本来の目的からそれるのでは、という思いがあったのだという。そういうマジメで不器用なところがまた鳥栖らしい。

 鳥栖を下した相手チームにエールを送るスタジアムDJが、いつまでもその職を失わないのも、損得勘定を100%抜きにして100%自分たちの厚意だけで慰問をする選手や監督がいるという現実を見ても、それが鳥栖というチームのチームカラーであり、これからも失ってほしくはない木訥さなんだろうと思った。

 ちなみにこの横浜FC戦で逆転勝ちしたことで鳥栖は勝ち点を58へと伸ばし、勝ち点59で並ぶ2位湘南3位山形に対し1差にまで接近。「終戦」と評されたどん底状態から這い上がりつつある。気になるのは、消化試合数が1試合多いところだが、慰問に訪れた岸野監督は「オレらの悩みって、ちっぽけやな」とつぶやいており、逆に子供たちからパワーをもらっているようである。昨季は慰問後の最終戦までの戦績が7戦5勝1敗1分けと勝ち星を積み重ねており、慰問前の7試合の1勝4敗2分けと比較しても大きく勝率を上げている。

 小児病棟を慰問した高橋、岸野監督を始めとした選手たちは、幼くして病魔と闘う子供たちを励まし、そして励まされている。混迷の度合いを極める終盤のJ2の中で、鳥栖はどのような戦績を積み重ねていくのだろうか。

孤独な指揮官。混沌のタイ。

 最近、プロサッカー監督という職業人の孤独を感じることが多い。近くは川崎Fの高畠監督。そして、今取材を続けてきているW杯予選を通しても、それを感じている。
たとえば、国のためにと宣言してオマーン代表監督に就任したアザーニ監督。彼はその仕事如何では国民からのすさまじいバッシングを受ける可能性があった。それでも、バカンスを切り上げて、国の一大事を救うべく立ち上がった。それだけの覚悟を持つ人がどれだけ日本国に残っているのだろうか。





日本代表の岡田監督からも孤独が漂ってきているように感じるが、それが岡田監督に特有ではないという意味において、もしかしたらプロサッカー監督の宿痾なのかもしれない。
今回、日本代表の取材をするにあたり、岡田監督に対する見方を中立的に持っていった。そこから合宿を見る中で、岡田監督への考えはずいぶんと変わった。岡田監督が何を実現したいと考えているのか。そしてそれをどう実践してきているのかが見えてきた。これは継続して見てこなければ分からなかった事だが、継続して合宿を見られた人が、それを上手く伝えきれていないような気がする。



岡田監督は理想とする到達点を想定し、そこにたどり着くためにどういうステップを踏むべきかを入念に追いかけており、それを練習に落とし込んでいる。指導者としてしっかりとした練習を行えていると思う。

そしてそうした彼の真意が報道陣に伝わっていないという点で、ある種の悲劇が起きているのだろうと思う。

日本人は、同胞である日本人を一段低く見がちである。権威を否定してきた戦後教育の弊害なのだが、そうした社会的風潮で審判問題も説明できると思っている。論文を書いたら普通に学位がもらえるくらいのテーマだろうと思う。ここでは書かない、書けないけど。

非礼な仕打ちを受けたオマーン戦の前日会見に臨む岡田監督は、毅然としていた。そして、寂しげに見えた。与えられた場所。取り囲む報道陣の疑心暗鬼。同胞が同胞のために戦っている。もう少し、どうにかならないものかと思ってしまった。

そんなオマーンからタイへ。イスラム教の教義が広く浸透している社会から、混沌が渦巻く新興国へ。このギャップは何なのだろうか。

監督業と、タイの資本主義がなぜだか頭の中でシンクロしてしまった。海外での生活は、内省を深めるいい機会でもある。
日本にはアジアを獲った浦和レッズというモンスタークラブがある一方で
水戸ホーリーホックというローカルなクラブもある。

そのローカルなクラブが、J1復帰を目指すビッグクラブに勝利した。
もっときれいに決められる場面はいくらでもあったのに
泥臭いシュートはGKに当たってバウンドしながらゴールの中へ転がり込んだ。
あまりに泥臭すぎて、水戸っぽいななぁと根拠もなく思ってしまった。

ゴールを決めた直後。ほぼ全員の選手が前田秀樹監督の下へ。
隣で見ていた地元記者は、めがねをずらし、あふれる涙をぬぐっていた。

サポーターに圧倒的に支持されている前田監督は
サポーターや選手の願いも届かず、今季限りの退任が噂されている。

水戸を襲う一連の騒動はどのような結末を見るのだろうか。
水戸を愛す人たちのベクトルは、どのように交わっていくのだろうか。

勝利の影にある敗戦は、一つのチームにシーズンの終わりをもたらした。
圧倒的優位な状況で試合を進めながら
最後まで得点を奪えず、そして1点に泣いたセレッソ大阪。
積み上げた勝ち点が、無に帰した試合後
TVカメラの前に立ったデカモリシは悔し涙を浮かべていた。
J2について尋ねると「今は頭が真っ白で何も考えられません」と答えていた。
その答えを整理して口にできる時が来たら、たぶん一回り大きくなれるのだろうと思う。

その一方、マッチアップした倉本崇史に完全に抑え込まれた香川真司は
デカモリシとは対照的に、冷静に試合とシーズンを振り返った。

「代表でもいい経験をさせてもいましたし、昇格争いでもいい経験ができました。
もう一度J2で練習して、やっていきたいと思います。
J2で出続けたのは良かった。J1に行けなかったのは仕方ないです。
来年につなげられればと思います」

日本を代表するこの2人の若い代表選手は
このどうしようもない悔しさを次のサッカー人生にどう生かすのか。
ポテンシャルと結果を直結させることの難しさを痛感した戦いの経験をどう生かしていくのか。
「いい経験でした」と笑顔で振り返られるよう
がんばってもらいたいと思う。

沢尻

最近よくされる質問に答えたいと思います。

Q:1 なんでもっと更新しないんですか?

A:1 べつに

Q:2 最近忙しいんですか?

A:2 べつに

Q:3 サッカー界。いろいろありますね

A:3 べつに

Q:4 ミャンマー情勢はどうなりますか?

A:4 べつに

Q:5 サブプライムローン問題でかなり損失を被ったようですね

A:5 べつに

Q:6 ところで川崎Fの最強チーム問題なんですが、まあ収束しているんですけどね。そもそもああいう条項があることがどうなのかと。川崎Fサポーターはユニフォームを着てプレーする選手がベストメンバーだと的確な発言をしてます。まあ、川崎Fの社長さんに対して犬飼さんが詰問した時にサポーターをだしに使ったのを受けた発言なんですけどね。ちなみに犬飼さんと川崎Fの武田社長とは大学のサッカー部の先輩後輩の間柄で、そういう事もあって詰問、みたいになったという背景があるんですね。Jリーグ側とすればベストメンバー条項はこれからも存続させていくと明言したようですが、今このタイミングで明言するんじゃなく、まずは議論させてみる、というやり方もあったと思っています。
日本人の悪いところでもありいいところなんですが、一度決まったことを変えたくない、という本能みたいなものがJリーグに関しては悪い方向に出ているような気がします

A:6 べつに

Q:7 お風呂は男女

A:7 べつで

Q:8 更衣室は男女

A:8 べつで

Q:9 トイレも男女

A:9 べつで

Q:10 お支払いはご一緒で?

A:10 べつで

Q:11 イランのバスは男女

A:11 べつに

Q:12 ああ、あれでしょ。千葉にあるのに東京って言ってるネズミの国

A:12 べつに~

Q:13 あれか、よく流出させてるソフト

A:13 べつに~

Q:14 それって「に~」しかあってないですよね

A:14 べつに

Q:15 謝罪って足組んでするものなんですかね?

A:15 べつに

Q:16 ごく一般的な国民感情として、足組んで謝罪されても、さすがにポーズとしか思えないんですが

A:16 べつに

Q:17 というか、アレはキレキャラをまずは演じて、それでファンへの言葉で泣こうと思ったんだけど思いの外泣けなくて、10分くらい時間をかけてようやく泣けたんですよね

A:17 べつに

Q:18 まあでも今回の件で名前も覚えてもらえたし、映画の宣伝にもなったし、良かったですね

A:18 べつに

Q:19 でも、ぼくがCMの担当者ならもう二度と自社製品の宣伝には使わないですけどね

A:19 べつに

Q:20 「諸悪の根源」って意外と重たそうに思えますが、実は薄っぺらいし使う場所も間違っているようにも思うんですが、この言葉を使ったことについて何か見解があれば教えて頂けないでしょうか?

A:20 特に無いです

Q:21 もうネタがなくなってきました

A:21 べつに

Q:22 じゃあ止めていいですか?

A:22 べつに

Q:23 じゃあ止めますよ?

A:23 べつに

Q:24 いいんですね?

A:24 べつに

Q:25 じゃあもう一問だけ。あれって誰か、まねをしようと思った人物とかキャラとかがあったんですよね。去年突然引退したあの人とか、お笑いのあの人とか。でもなぁ、ちょっとやりすぎたんじゃないかと思うんですよね。まあ、今となっては別にいいんですが

A:25 べつに

「お忙しいところ、25言もありがとうございました」

「べつに」

 ( ・д・) 「沢尻か!」

   ⊂彡☆))Д´)

ソフトバンクの対応

 現在705SHという機種を使っているのだが、2~3ヶ月前からバッテリーが膨らむようになる。今の携帯に機種変更してから1年未満だったこともあり、膨らみを認識した時点でショップに持ち込むが、店員のお姉ちゃん、バッテリーは不良品ではないとのたまう。バッテリーの初期不良交換が可能なのは半年以内だとも言う。と言うわけで不良品扱いでの交換はできないので157に電話してポイントで交換してくれという。ならばショップの端末から手続きを取ってくれと伝えるが「それはできない」とのこと。

 そんなやりとりの中で客を相手に切れている店員を見て、非常に腹を立てるがまあ、仕方ない。

 そういう店であり店員なのである。

 仕方なしに157へ電話。膨らんでいる事を伝えると「それはそういう仕様なので」とおっしゃられる。仕様と言われたらどうしようもない。正直それ以上ユーザーが文句を付けることはできない。使っていくうちに膨らんでいくことを想定した上で設計、製造されているからである。キャリアからそう言われたらどうしようもない。

「液漏れとかの可能性は?」と聞くが、これもないという。調べたら爆発や発火の可能性はあるようだが、液漏れというのはないらしい。これはこちらのツッコミ不足。頭に来るが、仕方ない。とりあえずはバッテリーが生きていたのでそのまま利用を続けることにする。

 バッテリーの膨張を認識して2ヶ月ほど経った8月の中旬ごろから明らかに利用可能時間が短くなってくる。いよいよ交換の時期かと157に電話。電池パックの事を話すが、在庫が尽きているため、交換はできないという。

 ならば入荷まで待つので、予約をしてくれというと「できない」とのこと。

「そういう場合、ユーザーはどうすればいいんでしょうかね」と尋ねると、また電話してくれという。ただし「いつ入荷するかはわからない」という。

 ここで軽く切れているおれ。

「いつ入荷するかわからないけど電話してくれってことですか。じゃあいつ電話すればいいですかね?」と尋ねると「1週間くらいあとですかね」とおっしゃられる。

 しょうがないので電話を切って1週間後に再度電話。しかし相変わらず在庫切れ。予約も不可。

 さらに日にちを明けて電話。いい加減ぼくの事を覚えたのか「では入荷次第電話させて頂きます」と話がステップアップ。しかしこのころすでにバッテリーは1分も持たなくなっていた。とはいえ、入荷次第電話してもらう事にして切る。

 しかし電話は来ない。

 仕方ないので数日おきに電話し続けることに。その都度、まだ来ていないという。

 フル充電でも1分も持たないバッテリーに業を煮やした事もありどうしようか思案した挙げ句、外装交換で代替機を受け取り、修理が終わるまでにバッテリーが入荷することを期待する事にする。

 SBショップへ。目の前でふくれたバッテリーを見せたが、定員はバッテリーについては何も言ってこない。それどころかふくれたバッテリーを差し込んだまま交換に出そうとしていたため「仕上がった時にバッテリーのふたを外しておいてください」と申し出ると「ではバッテリーは持ち帰ってください」とバッテリを取り出して渡してくる。

 この時も交換できることは言ってこない。

 去り際に「バッテリーの在庫はないですか?」と尋ねても「ない」と言うだけでバッテリーに異常を来している事を無視し続ける。

 外装交換に出して1週間程たってショップから電話。

「交換作業終わりました」とのこと。その電話の中でなぜだか「ふくれたバッテリーは交換できますから」と一言。ポイント交換でのバッテリーは未だに在庫は入らないようだが、ふくれたバッテリーの交換であれば一週間ほどで対応できると、しゃーしゃーという。

 そもそも705SHのバッテリーが交換できることが通知されているならなぜ外装交換の受付時に言わないのか、思うがその時は電話を切る。

 しかし冷静に考えたらおかしい。157でもそんな事は一言も言ってくれなかった。あらゆる事に切れたので、とりあえず157に電話して説明を聞くことに。

 ふくれたバッテリーの交換は7月1日からスタートしていたとのこと。ところが交換に関しては、ユーザーからの申し出がない限り、提案はしないとのこと。どおりでこちらが何度もバッテリーについて電話してきても何も提案してこないはずである。

「それはおかしい」とのこちら側の抗議に対し「意見として承ります」とのこと。「では報告を上に上げたものを紙にして見せてほしい」と伝えると「それはできない」という。しばしオペレーターさんと話し合うが、いかんせん権限がなさ過ぎる。そもそもそのお姉さんに当たっても仕方ない。

 と言うことで現場の責任者に変わってもらう。

 Iさんという女性が登場。

 改めて、705SHのバッテリーについての対応について質問。

 他メーカーの場合、ふくれたバッテリーが見つかるとすぐに交換を申し出たという事例を説明。しかし「うちはそれはやっていない」という。

 しかし、やはりおかしい。「バッテリーがふくれていればショップで交換対応してくれる」とショップの女性は話していた。それってつまりバッテリーの不良を認めたことになるだろうと伝えるが、リコール扱いになる、という事実だけは絶対に認めようとしない。認めたらえらいことになるのをわかっているのだろう。

 157に電話した時点で認めさせたいことがいくつかあった。

 まずはバッテリーのリコール。でもそれはできない相談だろうと思うので、であるならば、バッテリーが膨れた場合交換できる、という事を周知徹底させるべきじゃないのかと伝える。店頭ででもいいし、Webででもいい。ところがこれもできないという。

 だけど「膨らんだバッテリーは交換してくれる」のである。ところがそれをユーザーが口にしない限りは提案はしてこないとも言う。そんなのやっぱりおかしい。

 と言うことでかなり粘って話をすると、I女史。「私の管轄の数百人のオペレーターに関しては、705SHのバッテリーに関する質問があった場合、膨れていたら交換できる旨ユーザーさんに伝えるように通達を出します」との言質を取る。「ただし、その通達がオペレーターレベルで徹底できるかどうかは保証できない」とも言う。まあ、それはそれとして、バッテリー交換に関するアナウンスをソフトバンク側が自らやると宣言した事に意味がある。個人的にそれで満足である。最初に電話に出たオペレーターさんとの通話時間も含めると、1時間ほど電話していたようで、正直むだな時間を使ったと電話を切った後に凹むが、まあ仕方ない。

 そもそもソフトバンクは、短期間で携帯を変えていくユーザーの端末の代金を広く浅くユーザーが負担しているのはおかしいと話していた。だから分割払い制度にして、2年間は使い続けるような仕組みを作ったのである。そしてそれは環境にも優しいではないかとブチ上げていたのである。

 そんなソフトバンクが、バッテリーが手に入らないからと、端末を買い換えるような方向に持っていこうと言うのはやはりおかしい。そういう意味で、バッテリーの交換をオペレーター側が申し出るような通知を出したというのは大いなる進歩であると考える。

 ホントにできるのかはわからないが、I女史の努力に期待したいと思う。

さて、明日はショップに行って真意を聞かねばなぁ。

福岡レジェンド第2回ちびりんカップ

7月22日に、福岡県久留米市田主丸町で行われた福岡レジェンド第2回ちびりんカップに参加した沖代JSCに帯同したので報告しようと思う。

まずは大会の概要。

1)試合時間は前後半12分ハーフ。ハーフタイムは3分間。
2)参加した12チームを4グループに分け、それぞれのグループごとに3チーム総当たりのリーグ戦を行う。リーグ戦の結果により1位・2位・3位グループを作り、順位決定トーナメントを行って各グループの順位を決する。
3)予選リーグの順位は、勝利=3、引き分け=1、負け=0の勝ち点で決める。同一勝ち点の場合、1)得失点差、2)総得点、3)当該チームの勝敗、4)抽選の優先順位で順位を決定する。
4)順位決定トーナメントで引き分けの場合、3名のPK戦によって勝敗を決する。3名で決着が付かない場合はサドンデスに移行する。
5)対象は小学校4年生以下のチームで、8人制。

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大分県北部の中津市から久留米市田主丸町までは1時間半ほどかかるため、集合は朝7時半。早い時間にもかかわらず子供たちはすでに集まっており元気そうに話していた。

沖代JSCのチームカラーは黄色と黒ということもあって移動着はロゴが入った黒色のユニフォームである。これがなかなかかっこいい。



高橋監督と、子供を引率する保護者代表とで打ち合わせをして一路田主丸町へ。

大会自体は朝の9時からスタート。8時半から監督会議が行われるとのことだったが、遠方のチームに限り監督会議は任意。また試合開始時間も10時からに設定してもらうなどの便宜を図ってもらっていた。

ちなみに試合会場は、久留米市立船越小学校に隣接するグラウンドで、8人制の子供向けのピッチが2面作られておりすでに大会はスタートしていた。

スペースが広く作れ、多くの選手がボールに触れる機会が増えるとのことで低学年の子供向けに8人制の大会は広く浸透してきている。サッカーを始めたばかりの小学生年代の子供たちにとって必要なのは11人制のサッカーにおける戦術論の理解ではなく、その場その場でのボールコントロールの技術だという方向性を良く現しているとも言える。

ちなみに同一の小学校から2チームがエントリーしているのは沖代小学校のみ。少子高齢化が言われる中、新興住宅地ということもあって住民が流入し子供たちが年々増えているという地域特性が良く出ている。



グラウンドに到着した子供たちに練習を指示する高橋監督。全員そろってブラジル体操で体を温める。出番が近づいてきたAチームの子供たちがユニフォームに着替えてボールを使った練習を始めた。まだそれほど練習をさせていないこともあるのかもしれないが、浮き球の処理には苦労していた。ただ、1回2回の失敗を繰り返す中ですぐにコツを掴むあたりプレゴールデンエイジの子供たちの特性が良く出ている。

1試合目が始まる直前に高橋監督がフォーメーションを指示する。8人制の場合、オーソドックスな陣形は2-3-2という事らしい。ちなみに守備的なチームの場合、3-3-1という事もある。もちろん基本的に陣形は自由である。



沖代Aの1試合目がスタート。3点をリードしたハーフタイムに指示がでる。後半も順調な試合運びを見せ、3点を追加して6-0で初戦を勝利する。

Aチームの試合が終了した直後に、沖代Bの1試合目が始まる。先制する幸先のいいスタートを切ることができたが、中盤以降に追いつかれ無念の逆転負け。

沖代Aが11-0で大勝した2試合目の試合後。カメラを向けると我先にと子供が集まってきた。そういう姿はインドネシアでもイランでも万国共通である。

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沖代Bの2試合目は田主丸との対戦となる。2点を先攻されながらも同点に追いつく粘りを見せたが、ここから4点を畳みかけられて6失点。最終的に3-6での敗戦となった。

試合後、よほど悔しかったのかGKのマコトくんが涙を見せる場面も。それに気付いた他の選手たちが「良くやってたジャン」とか「マコトだけのせいじゃないよ」とか慰めていた。まさにチームワークである。

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3位グループトーナメントへと進んだ沖代Bだが、初戦の大川東との対戦は先制を許す苦しい展開に。しかし早い時間帯に同点に追いつくと、終盤に逆転ゴールが生まれて勝利し柴刈との決勝へと駒を進めた。

一方、予選リーグを1位通過した沖代Aの1位グループの準決勝も難しい試合展開となる。先制したのは沖代だったが、警戒していた唐津の10番の個人技で同点に追いつかれてしまった。

この試合、相手のエースであるこの10番に高橋監督は吉田くんをマークに付けていた。その10番に奪われた得点が悔しかったのか、吉田くんが10番に対してファールしてしまいFKを与える。少々距離のあるFKだったが、GKの届かないコースを狙われて唐津に逆転されてしまった。

劣勢に立たされた沖代Aだったが、ここから選手たちは頑張りを見せる。個人技でタテに突破したボールをマイナスのクロス。これを池田くんがダイレクトでシュートしてまずは同点。さらに池田くんがドリブルで持ち込んで逆転ゴールを決めた。結局この試合を3-2で勝利し、決勝戦へとコマを進めた。

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3位グループ決勝を戦う沖代Bは、開始早々にタケルくんがループシュートを決めて先制。1-0で折り返した後半にタケルくんが1点を追加するが、ここから柴刈が反撃を開始。カウンター気味に15番に1点を返されると、すぐさまタケルくんが3点目を奪ってリードを広げる。しかし柴刈も負けずに15番が2点目をゲット。3-2として一気に波に乗ろうとする柴刈だったが、ここで沖代Bの窮地を救ったのが、すでに3点を決めていたタケルくんだった。劣勢のチームに勢いを与える4点目を叩き込むと、気落ちした柴刈に追いつく気力は残っていなかった。試合はそのまま終了し、沖代Bが3位トーナメント優勝を決めた。

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1位トーナメント決勝は、大会を主催したレジェンドではなく田主丸。2対2の点の取り合いの末、PK戦を制して勝ち上がりを決めていた。ちなみにこの田主丸は予選リーグでBチームを相手に6対3という試合を演じており、そのリベンジの意味も込められた決勝戦となった

立ち上がりのスキを疲れたのか、集中を欠く沖代Aに対し、田主丸は17番の選手がするするっとドリブル突破していきなり先制点を決めてしまう。しかしここで沖代Aは慌てることなく落ち着いてすぐに1点を返し、さらに植田くんのドリブル突破をきっかけに逆転ゴールが生まれた。

前半のうちに逆転できたことで波に乗ったのか、沖代Aは後半にも2ゴールを畳みかけて田主丸を圧倒。1位グループの優勝を決めた。



大喜びの選手たちは、応援してくれた保護者のみなさんの元へ挨拶へ。キャプテンの北野くんは「ハットトリックもできたし、優勝もできて良かったです。また応援してくれてうれしかったです」と試合を振り返っていた。



大会終了後に沖代A、沖代Bの両チームが1位グループ、3位グループ優勝の表彰を受け、それぞれのチームからMVPが選出された。ちなみに沖代Aからは攻守に渡り活躍した吉田くんが。沖代Bからは決勝で4ゴールを畳みかけたタケルくんが選ばれた。

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北野奨キャプテン
「みんなが頑張ったので優勝できました。監督はいろいろ、シュートとかフェイントとか、トラップとかを教えてくれて優勝できてよかったです」

ACL韓国アウェイ

ACLの取材で韓国に来ています。光陽という町の隣にある順天という町に宿泊しています。日がかげるとかなり肌寒く、試合日の試合後が思いやられます。タイトなスケジュールになりそうです。
ちなみにたまたま同じホテルに北朝鮮のU17代表チームが滞在中ということで警察による厳重な警備下にあります。朝鮮語を話せないので遭遇してもどうしようもないんですが、ちょっとどんな感じなのか見てみたい気もします。
ちなみに韓国は今年行われるU17世界大会のホスト国です。

コーチング報告

祖母の件もあって実家に帰っていましたので、27日に沖代小学校での練習に顔を出しまして、少しばかりコーチの手伝いをしました。

高橋さんと話をしていると、ウォーミングアップを終えた子供たちを見てくれとのこと。少々テンパリました。まあ、子供たちは自分たちでマーカーを並べてドリブルの練習を始めたので、それを端から見ながらいろいろとアドバイスしました。

ボール1つ分くらいの間隔でマーカーを10個ほど並べたドリブルの練習だったんですが、できるだけボールを触れますし4年? もしくは新5年生くらいの年代の子供にはいい練習だと思います。ただ、マーカーの間隔が狭いので、顔を上げるようにという事は伝えました。足のいろんな場所で触るようにという事も言いましたが、何回かやる中で足のそれぞれの場所で触ってたので決まりがあるようでした。

その後、子供たちがシュート練習すると言ってたので、そのままシュート練習に。一度ボールを当ててもらい、落としたボールをシュートまで行くという形式でやったんですが、何人かの子供はすでに強烈な弾道のボールを蹴っていて驚きました。
また、中にはボールコントロールに苦労する子供もいたんですがそうした子供をどう拾い上げて楽しませるのか、課題だなぁと思いました。

子供が10数人いたんですが、その割にシュートは一人ずつだったので待ち時間がもったいない。ということで、途中から2対2に。ディフェンス側からフォーワードにパスを出し、そこから2対2がスタート。一回ごとに攻守を入れ替えてやらせました。チャレンジ・アンド・カバーの概念はまだ難しい年代らしく、どう改善させていいのかちょっと頭が回らなかったです。

その年代はそこまで。6年生が試合をはじめたんですが、6年生全員はやれないので残った12名ほどの子供たちを今度は指導しました。

最初は2対2。一回一回攻守を入れ替えてたんですが、途中からシュートを決めたら攻撃を継続。シュートをブロックできたら守備陣は攻撃陣と入れ替わりというルールに変えて少々緊張感を持たせてやりました。

続いてグリッドの中で3対2を設定。3人の攻撃側が5本ボールをつないだらグリッドを出てゴールを目指します。守備陣は、グリッドの外で1人が待ちかまえており、グリッドからゴールまでの間は3対3になります。一人多いので攻撃陣はわりと簡単に5本つなげるのかと思ったんですが思いの外難航。5本のパスを3本に減らしてようやく攻撃に出られるようになりましたが、それでも守備陣が止める回数は多い。そこでアンダー3タッチ以内というルールを付け加えてなんとか3本つながるように。
今思い返すと、攻撃側の選手たちはポジションをあまり移動させておらず、ボールのないところでの動きの質が低かったなぁと。
冷静に考えればそういう改善ポイントは浮かんでくるんですが、いざうまく行かない練習を目の前にするとどうしようか考えすぎてダメですね。指導は難しい。

最後は5人の卒業生を交えて8対7のミニゲーム。夜7時を過ぎて真っ暗になるまで子供たちは無邪気にボールを追いかけてましたが、そのおかげで親御さんには心配をかけたかも。そんな感じでコーチ実戦の初回は非常にできの悪いものでした。

練習メニューの引き出しがあまりに少ないため、状況に応じた練習メニューを設定できないのは痛恨でした。まあ、そううまく行くはずがないので悲観はしてないですが、でも子供たちを教えるのは難しいです。

まあ、そんな感じで。しっかり勉強しなきゃなぁと思う今日この頃です。コーチをさせてもらえるチームが見つかったらまた報告します。

C級ライセンス

思うところあって、先日C級ライセンス取得のための合宿に参加し、無事に修了を認定してもらいました。C級は12歳以下の年代を対象にしており、子供たちのプレーの質を高める事に主眼が置かれているんですが、それにしても難しい。目の前で行われるプレーの中にある問題点を即座に発見し、それを改善しなければなりません。それが難しい。特にプレーが流れる2対2や3対3の中でそうした問題点を見つけるのは至難の業。改めて、監督をされている指導者のみなさんの日常の活動を見直した次第です。

ちなみに参加していたのは、F.LEAGUEに所属するバサジィ大分の3選手。大分トリニータの下部組織のコーチ2人。そして酔狂なフリーライター34歳。九州総合スポーツカレッジで学んでいる14人の学生さんたちでした。

かなりいい経験になりましたし、一緒に学んだ19人の参加者とは長いつきあいになりそうです。

ビール太り。

行ってきました、U2の日本公演最終日。

4月に予定されていた公演がメンバーの親族の病気だとかで延期され、行われたのが今回のさいたまスーパーアリーナでの振り替え公演でした。

当初、11月30日と12月4日の2日間のリクエストを出してたんですが、4日のアリーナのチケットが奇跡的に取れて最初の興奮。

11月29日と30日のパフォーマンスについての評価をネットで見て、さらに興奮。

オールスタンディングのアリーナライブというとリサ・ローブがon air East(Westだったかも)でやったとき以来、というか、そもそもライブにはあまり行ってないのでホントに久しぶりでした。

開演前のさいたまスーパーアリーナは、いろんな人が集まる空間になってました。

アリーナへのゲートへの誘導を待つ間にオーストラリアから遠征してきた3人組に話しかけられ、雑談している間に中国人か韓国人ぽいアジア系の外国人がゲートを聞きに来たので、その彼にはNゲートだと教え送り出しました。

3人組は整理番号1000番台ということで、係員が日本語で番号をアナウンスする中「いまだよ」とタイミングを教えてあげて送り出し、その直後にイタリアから遠征してきたアリーナBLのチケットを持つ一眼レフ装備のカップルに1700番台の入場のタイミングを教え、その直後にゲートへ。

オーストラリア人もイタリア人も、整列入場にいたく感心してました。

「こんなのあり得ないよ」

入場後。マッタリしてたらあっという間にアリーナが満杯に。開演直前に外人がビールを持ってずんずん前に出て行ったタイミングで最初の雪崩が発生。その後は常に人の波に押されてて、さすがに人が体をぶつけ合って交錯する空間だっただけに嫌な思いもありましたね。たとえば「Sometimes You Can't Make It On Your Own」だったかな、のボノMCの時に韓国人が大声で喋りはじめて、聞こえない事があって、あれは参りました。思わず「静かに」と言ってしまいました。

その韓国人なんですが、ライブツアーの一団の一人だったらしく、その中には身長150cm台(推定)くらいしかない女の子もいて、正面の至近距離にいながらもたぶんボノの顔なんて全く見えないはずなのに必死で手を掲げて歌っている子もいて、ちょっと感動的だったりしました。

そんなこんなで激しくゆられながら高度に人に密着した状態でライブを見ていたせいか、体温が急激に上昇。おかげでビール太りの不摂生がたたって大汗をかく始末。そういえばこの前フットサルやったときもすごい汗をかいたので、ホントデブです。

そんな事はさておき、日経新聞でボノが「涙が自然に出た。生涯で最高の体験だ。一つの価値観に縛られない日本を知った」と語るほどに最高のライブになった初日ですが、3回の最後の公演日もなかなかの盛り上がりでした。

今回の公演は8年ぶりになるそうですが、思い出せばその8年前の公演は東京ドームで、アリーナとは名ばかりのはるか後方のいすに座り、彼方に見える豆粒のボノは諦めてモニターのボノで満足してました。そこから考えれば今回のライブは本当にすごかった。だってこれですよ。


スゲー感動。目の前、5メートルの所にボノがいて歌ってんの。あり得ない。エッジもアダムも、表情がわかる距離。ドラムのラリーだけはさすがに見えにくかったけど、それにしてもバンドメンバーの表情がわかる距離で演奏を見れるって、これに勝る贅沢はないでしょ。ホントよかった。ライブ始まってからも、時折起こる地殻変動に乗っかってジワジワと前に進出して5列目くらいまでにはたどり着けたし。



なんか、今年はワールドカップからずっとダラダラと飛ばし続けてきたわけですが、これで精神的に一息つけたような気がします。

よっしゃ、また頑張ろう。

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写真の時に演奏してたoneとこの演奏が始まる前にやった携帯クリスマスツリー

おめでとうございます。

by ETO Takashi 2006.12.3

あなたがいてくれたから、ここまで来れました。

どれだけの力を与えてくれたのか、わかりません。

99年。仙台。ビクつきながら初めて声をかけた時、本当にごく普通に接してくれたのを今でも覚えています。

名ばかりのサッカーライター。

そんな得体も知れない人間を、一国一城のあなたは何の疑いもなく受け入れてくれましたね。

ぼくのライターとしての初めてのインタビューはあなたでした。

大分市営陸上競技場2階の会議室で、奥さんとお子さん二人が同部屋にいる中でのインタビューは今でもちょっと懐かしいです。

それからの事は、本当に、感謝してます。

 
00年のサッカーは本当に美しいものでした。

でも、わずかに勝ち点で1点届かなかった。

03年のサッカーも美しいものでした。

でも、勝ち点1足りませんでした。

1年間かけて積み上げてきた勝ち点がリセットされる。なんて残酷なシステムなんだろうかと思いました。

ただ、腰を据えてじっくりと作り込んだチームの土台はぐらつくこともなく、チームの財産となってますね。

おもしろいサッカーを指向してきたはずなのに、その過程で基礎が作り上げられていくのはすごいとしか言いようがない。

でもさすがにそれは教えてくれませんでしたね。

でも、ちょっとでも知りたいからまた顔出します。

 
昇格を決めた瞬間。どうなるのかなと自分でもわからなかったですが、涙がこぼれ落ちるほどではなかったです。

もっとハラハラと涙を流したかったです。まだまだボクには足りないものがあるみたいです。

来季のJ1での戦い。心待ちにしてます。

初代表、高松。

by ETO Takashi 2006.11.15

○高松大樹

Q:初代表ですが、ピンクのビブスをつけていたときの指示は?

 具体的というか、外からプレスに行けみたいなね。ピンクはね。

Q:FWとしての動き方についての指示は?

 一回簡単にもらって、サイドから崩すみたいな。

Q:クサビを受けてね。できてる?

 できてるというか、サウジがそういう感じだから。チームのためにやるのは当たり前だから。

Q:2枚のポストプレーヤーに割り込んで行けそうな手応えは?

 まだちょっとしかやっていないから、まあその中でアピールはしていかないとはいけないですけどね。長い時間やれればと思います。

Q:周作くんに代表の事は聞くの?

 全然(笑)。あまり話さないですね。同じ世代が多いから。

Q:前田くんとか、啓太もそうか。ピンクビブスの13番は自分で選んだの?

 そうだったんだ。俺、80番だから。まあとにかく試合に出ないと。まずは。

Q:出たいね試合。

 そうですね。そこから、まずは。スタートなので。しっかり。

Q:監督からは何か言われたりはしないの?

 何も。特に接触ないから。個別に指示を受けたりということはないです。

Q:昼は何をしているの?

 飯食って寝てますね。あとはDVDを見て。24を持ってきました。あれはおもしろい。見た方がいいです。

Q:外出は?

 散歩くらいはいいと思うんですけどね。ホテルだけだったらきついじゃないですか。

Q:五輪時のメンバーが多いチームなんですが、A代表との違いは?

 やろうとするサッカーも違いますし、五輪といってもホント、すごい成長しているので。プレースタイルも良くなっている。いい刺激になります。

Q:特に伸びてた選手は?

 みんなじゃないですか。Jリーグで結果を出してますし、それが自信になっていると思います。

○西川周作

Q:FKで嫌な相手は?

 みんな球筋が違ってていやなんですけどね。本田は無回転だし、巻いてくるボールもすごいいいですし、アレさんもすごい巻いてくるし。ケンゴさんもすごいベッカムみたいな落ちるボールなので、それぞれの球筋は難しいです。

Q:その中でも本田くんはすごい?

 先日名古屋と戦って、本田くんのFK、2本とも浮かしてくれたんでよかったんですが、あれが枠に来てたら難しいと思っていたんで「来るな!」って思って立ってました。

Q:闘莉王のドカンは?

 あれはコースがすごいいいですし、スピードもいいですし、GKは絶対に嫌だと思います。

Q:そういえば最近FK見てないよ。

 最近、練習をしてないので。サポーターも待ってくれているんで。いつか。練習して、密かにやって。まずはチーム(大分)で。まずは自分で自信を付けないと蹴れないのでとにかく練習あるのみなので。

Q:U21については?

 すごい、見るのが楽しみにしてます。向こうは別メンバーなので、アウェイで。日本でやるのと韓国でやるのとはまた雰囲気が違うので、チャンスがあれば出たかったですが、自分はこっちに選ばれたので、選ばれた以上は100%の力でやりたいと思います。

 今日の試合をしっかり見て、次、自分が出たときにしっかり研究しておきたいです。

Q:TVでも外から見れば大分違う発見があるんじゃない?

 実際、自分が出場停止になったときに外から見たら得るものがすごく多かったので。第三者の立場は大きいです。

Q:昼間は?

 4人同世代がいるので、本田の部屋に集まってプレイステーションをしてます。WEとか。パワプロしたり。伊野波と青山と本田と。すごい暇つぶしになっています。本田の部屋に集合して。

Q:選択したチームは?

 昨日選んだのはユベントスを選ぼうとしたんですが、シエナと間違えて。そっくりで、それでさっそく間違えてあっさり負けました。ゲームはマジ弱いです。

Q:一番強いのは?

 本田。青山、伊野波くんの順で最後にボクです。持っているんですがやらないので。これからやります。

Q:ところで高松くんも入ってきて。シャムスカのおかげ?

 そうですね。マジックですね(笑)。

Q:こっちだと第3GKだけど、U21はレギュラー。向こうに行きたいという焦りは?

 自分の力がが出せればと思ってます。それを自分の経験にしていければと思っています。そんこまであまり考えずに、まだまだ先は長いので。

Q:韓国代表のU21世代はなにか思い出はあるの?

 ぼくが戦って一回も勝っていないので、僕たちの代は、アジアユースの準決勝で。それで司たちが勝ってくれたので、よかったです。

Q:決勝で負けちゃってね、泣いてたけどね。

 らしいですね。見てないんですが。TVでは見てないです。韓国の時はPK決めたので。逆に福元が外したり森重が外したりしてたんですが。

 でもホント、またチームに帰って司とできるのが楽しみです。

滝川第二、選手権へ。

11月12日。神戸ウイングスタジアムにて兵庫県高校サッカー選手権大会が行われ、滝川第二が優勝。見事選手権への出場を決めた。

盤石の試合運びでの勝利だったが、その中でも注目してみていたのが大分への入団を決めていたボランチの金崎夢生である。

金崎は、4バックの前でにらみを利かせ、ポジションをほとんど代えることなく試合を進めており、少々物足りなさを感じつつ、監督からの指示があったのかと思ってみていた。ということで、試合後に話を聞くと、ポジションについては監督からの指示ではなく、試合の流れの中で、自分で意識して考えた結果だとのこと。

つまり前線の4枚が仕事をしてくれており、無理に攻めに行く必要はなかったということ。そしてコンビを組む大塚が負傷によって交代したことも、その判断を下す一因になっていたという。

金崎を見ていて思ったのは足元の巧さ、状況判断の的確さなのだが、なによりも特筆すべきは中距離(35~55m)のパスの能力の高さ。インフロントによって繰り出される正確なパスは、確実に味方選手の足元をとらえ、リズムを紡ぎ出していく。ボランチにあの精度のパスが出せる選手がいるとチームは心強い。気になったのが線の細さで、1対1で何度kあミスをする場面があったのだが、それはプロに入ってから鍛えればいいことである。そもそもの身長も180cmと恵まれたものを持っており、みっちりと鍛えていけばおもしろい素材になりそうである。

ちなみに決勝の試合後に話を聞いたが、しっかりと受け答えのできる好青年だった。原さん、いい仕事しましたね。

金崎夢生

(最終ラインの前にいることが多かった事については)監督の指示ではありません。
1-0で勝っているときに、そのまま守り切るのか、もう一点取りに行くのかという判断の中での結果で、コンビを組む大塚も生かせればと思っていました。
高円で優勝したので、チャレンジする大会でした。追われる立場になったんですが、だからこそ結果を出したかったです。
黒田監督とは少しでも長く試合をやりたいです。

(黒田監督が1年の時からすごいメンバーがそろっていると思っていたと話していました)それは昔からあって、だから天狗になってインターハイとか新人戦とかで失敗がありました。それを繰り返さないようにしたいです。

ちょっとテスト

11月3日は晴天の特異日

惜別。

積み上がっていた本の山が消え失せ、がらんとした部屋を何気なく眺めていた。

14年前。居候していた四谷の、寝るだけのスペースしかない部屋から引っ越してきた時の思い出がよみがえってきた。とにかく東京での一人暮らしがうれしかった。6畳と3畳ほどの台所が付いていてそれなりに広い部屋だった。まだ荷物も少なくて、のびのびと使えた。

家賃も安く、大家さんもいい方で(フリーになりたてで収入が無い時期に、家賃を半年滞納しても待ってくれた。もちろん大家さんにしてみれば迷惑極まりない住人だっただろうけど)、当面引っ越すつもりはなかった。

ある日部屋を出ると大家さんが屋根を見上げて誰かと話し込んでいた。見ると屋根に穴が空いていた。補修ではなく取り壊し。引っ越しが決定した。ぼくの場合、引っ越しの条件はシンプルで本が置けるスペースとスカパー!のチューナーが取り付けられる日当たりの良さ。その条件で探してもらったが、大家さんが管理する物件にその条件を満たすものはなく、昨年中に引っ越してほしいという大家さんからの要請はズルズルと延びて、結局2月までずれ込んだのである。

そんな中で引っ越しが14日になったのは本当に偶然だった。アメリカに行く気満々だったので帰国便のことを考えれば12日以降でなければ引っ越しはできないという状況であり、さらには大安だったということでちょうどよかったのである。1ヶ月以上前にこの日は確定できていた。

諸事情でアメリカ行きをキャンセルし、宮崎合宿取材中に富樫さんの訃報を目にする。目が点、とはこのことだと思った。しばし呆然。その後、お通夜は15日で告別式は16日だと発表された。偶然というか、必然というか。それもこれも運命なのだろうけど。

たぶんその他のライターさんだったらそうは思わないのだろうが、いつも笑顔だった富樫さんを見送るその場の空気に触れたくて、斎場に足を運んだ。サポーターにも告知されたこともあって多くの方が弔問に訪れていたが、知り合いの横浜FCライターさんを見かけて話しかけたら、声を押し殺して泣いていた。

「富樫さんは横浜FCの株主さんでね。J2のクラブなのによく見に来てくれました」と言葉を絞り出した。

いつだったか、いつも三ツ沢で見かける富樫さんに聞いたことがあった。

「よく来られてますね」

その時の答えを、ふと思い出した。横浜FCというクラブがフリューゲルス消滅という悲劇から生まれたクラブなのは周知の事実だが、日本中の多くのサッカーファンが、クラブの立ち上げに賛同し、手をさしのべた。そして富樫さんもその中の一人だったのである。自分が関わったクラブの成長を見るのはさぞかし楽しかった事だろう。ただ、それはもうかなわない事になってしまった。そんな事を思っていたら切なくなってちょっとだけ泣いた。

帰りがけにアフリカ選手権を取材してきたという知り合いのライターに話を聞いたが、決勝戦の試合前に、選手が整列した場面で30秒くらいの何もしない空白の時間があったという。記者に対して配られたペーパーによると、取材中に亡くなった日本のジャーナリストのために黙祷を捧げる、との記述があったらしい。アフリカ的おおらかさによって、決してそれは周知徹底されていたわけではなかったと言うが、そこまでしてもらえれば富樫さんも悪い気はしなかったんじゃないかと思う。知り合いにそういう事も含めて富樫さんとの思い出を書き残すべきだと話したが、いろいろあって難しいようだ。

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以下余談。

供花者名にはそうそうたる名前が並んでいたが、その中に大分FCの職員一同と、それとは別にHさんの個人名も掲げられていた。前にも書いたが、富樫さんはまだ大分ができたての頃に深く関わってくれた方だった。大分というクラブは、経営に関しては素人に毛が生えた程度だが、人の生き死にには特別敏感な気がする。

昨年、難病を患っていた彩花ちゃんという女の子を救おう、という動きがサッカー界に広がった事があった。あの運動の事務局で広報をされていた方が、ある日の埼玉スタジアムで、ぼくを見つけるなり「大分は本当にありがたいね」と話しかけてきてくれた。話を詳しく聞くと、彩花ちゃんの一件を公表すると、どこのクラブよりも早く「協力したい」旨の連絡を入れてきたのだという。

「大分には加藤くんという前例があるからなのかな」とその方は言われていたが、もし雅也の一件が大分のそうした姿勢の背景にあるのであれば、彼の死はムダではなかった事になる。その勢いで、経営も、仕事ももっとがんばってほしいところ。現場はずいぶんと良くなってきたようだし、天国の富樫さんに佐伯で1000人くらいでサッカーやってたチームが優勝する姿を見せたいじゃない。

セピア色の吉田孝行。

 つい最近、ようやく引っ越し先が決まった。数ある物件の中から条件にあうものをピックアップして内見し、部屋の内部を確認しつつ騒音やら日当たりといった周辺の環境も考慮する。本当に面倒な作業だった。ただ、決まったのは部屋であり、引越しそのものはこれから始まる。業者の選定に始まり、引越し本番。そして住所変更に伴う諸手続きが控えている。引越し程度のイベントであったとしても、生活環境を変えるということの負荷は高い。そう考えると、プロサッカー選手が職場を変えることの負荷の高さは尋常ではないだろうということは容易に想像がつく。

 われらが吉田孝行が、古巣(横浜FM)への復帰を決断した。その昔、大分に来た理由を聞いたとき、こんなことを話してくれたことがあった。

「(2000年に)ファーストステージで優勝した時、試合後にチームメイトとスーツ姿で記念撮影したんですがそのときに『なにやってるんだろう』って思った」と。

 すでに試合のメンバーから外されて久しく、ステージ優勝によって現監督の残留は決定的になっていた。もちろん試合に出るための努力は重ねていた。ただ、それでも試合出場のための壁は高かった。フリューゲルスの消滅によって移籍して2年目。とにかく「試合に出たかった」のだ。

 大分へ移籍すると、瞬く間に輝きを見せた吉田だったが、そんな吉田が犬飼の、スターレンスハウスができる以前の、水道しかない練習場で練習する姿はある意味衝撃的なものだった。ただ、彼はその環境を受け入れていた。目指すべき夢があったから。

「何もないのはわかっている。ただ、ここで成績を残すことで新しい物を手に入れる喜びがある」

 そんな言葉を体現するように 端正な顔立ちには似合わない泥臭い仕事を黙々とこなした。攻撃的な役割はもちろん、危機の芽を察知して守備の局面でも激しく動き回った。だからといって驚異的なスタミナがあった、というわけでもない。ペース配分を無視し、「動けなくなったら、代えてもらう」というスタンスで、チームのために動き回った。

 94年に設立された大分は、99年のJ2加入を契機に一足飛びに周辺設備を整えていった。ビッグアイが完成し、天然芝3面に人工芝1面。そしてクラブハウスといういっぱしのクラブへと成長した。クラブの施設が公金を含めて充実することに対して一切の批判がなかったわけではない。ただ、それに対する正当性は、チームが残した成績にあった。

 02年に昇格を決めたシーズンの、吉田とアンドラジーニャとのコンビネーションは鮮烈で、あのシーズンを含めて、吉田がいたからこそ大分は今の施設を手にしたともいえる。そういう意味で、99年以降の大分にとって、吉田という選手は象徴的な存在だった。彼が流した汗は、嘘をつかなかった。

 シャムスカ監督体制下では出場停止を除いて全試合で先発出場。大分の快進撃は彼の献身的な働きによるところが大きく、また、来季の先発メンバーの座もかなりの確率で揺るぐことはなさそうだった。そんな吉田にとって移籍という選択は非常に苦しいものだった。大分で行われた移籍会見では「あえて厳しい道を選び、自分一人で決めた。家族にもサポーターにも迷惑をかけた」と明かし、大分に対する深い思いが涙になった。

 試合を求めて大分に移籍し、そして「自分の中で少しでもレベルの高いところで、代表レベルの選手と競い合ってレギュラー争いをしたいという気持ちがあり、移籍を決断しました」と横浜への移籍を説明した。

 吉田のコメントを読み返すと、吉田が求めていたのはチームの雰囲気だとか、給料だとかではないことがわかる。ただただ彼は、ビッグクラブに行きたかったのである。経営の安定したビッグクラブに行きたかったのである。その思いは、チーム消滅の話を聞いて食事をもどした繊細さ(横浜フリューゲルス時代)や、去年大分が露呈したクラブ経営のずさんさと、はっきりとリンクしている。

 正直に言って、今季の大分が目指そうとするチーム像がわからない。絶対的なストライカーを放出し、あらゆる意味で精神的支柱となっていた選手までも手放ししてしまった。今オフになされたチーム編成には大いなる疑問符をつけざるを得ない。ただ、若い選手を使いこなす手腕に長けているというシャムスカ監督にとって、今季のチーム編成は満足のいくものなのかもしれないし、監督のオーダーがあったのかもしれない。ただ、それにしても吉田の放出は、悲しい。金銭的な損得勘定を抜きにした、もっと大事な感情がそこにはあるのではないかと、そう、思ってしまう。

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 お父さんに連れられて見に行った西が丘での横浜FC戦で、吉田のゴールを見て、ずっと「すげー! すげー!」と言い続けた少年は、地元Jクラブの難関の下部組織セレクションに合格した。吉田のゴールが、一人の少年の人生に大いなる刺激を与えた。

 振り返るといろいろな場面を思い出すが、00年に加入直後の加賀見健介からの、意外性あふれるパスを受け、竹村へのラストパスを決めた仙台戦が真っ先に思い浮かんだ。もちろん原色の記憶も現れるが、セピア色になりかけた記憶の中でも吉田は躍動している。だからこそ、悲しい。この移籍が、悲しい。彼の大分サポーターへの「ありがとう。ありがとう。本当に、ありがとう」というメッセージが、とにかく悲しい。

 ただ、移籍という事実は動かしようがない事実であり、それはもう決定事項となった。吉田には新天地でも、がんばってほしい。そして大分戦では元気な姿を見せてほしい。そのときはサポーターは、愛情満載のブーイングで出迎えてほしいと思う。常々「だめなときはブーイングしてほしい」と口にしていた吉田のことだ。大分サポーターをあきらめさせつつも、うならせる最高のパフォーマンスを見せてくれるに違いない。それじゃだめだけど、1年くらいはまあ、許容範囲内かな。

 とにかく、がんばって。吉田クン。

加藤雅也:夭逝

はじまり
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唐突な知らせ
人間、驚きに接すると眠気も吹っ飛ぶものである。
そういう情報は知っていたが、まさか自分がそのリアクションをするとは思わなかった。着信履歴に残っていた時刻は8月3日午前9時1分。前日のハードなスケジュールの影響で寝ぼけていた意識が、一瞬でクリアになった。
電話の主は、冷静な口調で仲間の死を告げていた。

99年最終戦のまーくん
99年最終戦の試合前のまーくん。

出会い

はじめて会った日の事は覚えていないが、99年の大分でのホームゲームだった事は間違いない。当時まだ3000人入れば御の字だった大分のホームゲームで、声を出して太鼓を叩いて声援を送る人数は50人に満たなかった。そういう環境の中で、濃いところの人間とコンタクトをとり続けていけば、彼に行き当たるのはそう難しい事ではなかった。
開門前の列が100人に満たない市営陸上競技場の照明灯の台座の所に腰掛けて、話をしてた事を思い出す。


考える時間
電話の主は、雅也が東京の病院で亡くなったと教えてくれた。前日の取材が長引き、終電に乗り遅れたぼくは熊本の荒尾という町にいた。予定通り博多へ移動できていれば、電話をもらった時点で福岡空港へ向かったはずだ。
なぜならば、荒尾で電話をもらった直後から、即座に東京に帰る事を考えたからだ。
今から東京に帰れば病院で彼に会えるはず。
そんな事を考えながら乗り込んだ博多への特急電車の中で、1人になったとたんに涙が出てきた。この状況で1人でいるのは精神的に厳しかった。
電話をもらった直後から考えていた、東京に一刻も早く帰ろうという思いは、博多への1時間あまりの1人の時間の間に大分へ帰るべきだと思い直すようになる。
何もかもが整ったこの状況は偶然ではないはず。kaz家からも「帰るなら帰ってこいや」という話をしてもらっており、大分へ帰る事にした。
大分でMさんと合流して知り合いに訃報を連絡し、ちょうど買おうと思っていた数珠を仏具屋で購入。その後kaz家へ。1人では精神的にやばい状況だったが、そんな事お構いなしの3歳児の相手をすることで気が紛れたのは事実である。


職人魂
アジアカップ準決勝を見終えたくらいのタイミングで、不在着信のT局のSくんから折り返しの電話が入る。
「もしかして、という気はしていたんですが、番組の本番前にその話を聞いてしまったら原稿を読んでいる最中に泣いてしまいそうだったので…」
と彼は話していた。声にはハリがなく、ショックの大きさが伺えた。
3日の夜に石崎さんから電話が入る。人づてに今回の件を聞いたんだそうだ。大分で2年半を過ごした石崎さんにとってもゴール裏サポーターの代表の死は大きな意味があった。
その電話で、弔電と花の手配の打ち合わせをした。
その後某国営放送の元大分担当者で、現在は関東の支局に勤務するTさんから着電。直接話をするのは去年のアウェイでの鹿島戦以来だろうか。葬儀当日には、弔電が届けられていた。




通夜
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大きな規模の祭壇
     立派に飾り付けられた祭壇。
通夜当日
通夜当日。
葬儀場へ行くと、すでに多くの顔見知りが集まってたが、中にはTORCIDAの代表も含めたメンバーも。少なくとも、サポーターグループの幹部同士には感情的なしこりは残っていない。
祭壇は立派な飾りが施されていて、石崎さんの花も届けられていた。
通夜という事で多くの参列者を集めたが、家族の次に、多くの時間を過ごしていたサポーター仲間の表情は悲痛なものだった。



花
石崎さんの花と並んで水沼さんの花が。水沼さんは、大分がまだ市営陸上競技場で試合をしていた頃から雅也の事を取材していた。
一般の参列者の方々がはけた後、喪主のお父さんがサポーターだけを呼んでくれて顔を見せてくれた。この時に大きな「マサヤ」コールを送る。
式を終えて入り口で立っていたら某国営放送のSくんが姿を見せる。Nさんもいた。原稿を読む時に泣きそうで確かめられなかったと電話してきたSくんも。
さらに某国営放送のNくんも姿を現す。大分のマスコミのスポーツ担当者は総動員の様相を呈してきた。

ありがとう
「ありがとう」のメッセージが入ったユニフォーム。写真は、J2優勝を決めた2002年の川崎戦のときのものらしい。

涙腺崩壊

通夜には大分トリニータを代表して3名の選手が参列した。三木、瀬戸、そしてプライベートでも親交のあった梅田だ。彼らは選手会で集めた香典を持ってきており、さらに受付でご遺族にと出したのが、このユニフォームだった。
そのユニフォームを受け取ったMさんは、即座に涙腺を破壊され、巨体をふるわせて泣いたという。
ユニフォームには
「ありがとう」
という言葉が入っていた。
サポーターと選手の関係というのはよくわからない所がある。インタビューでサポーターに感謝の言葉を口にする選手は多いが、それが本心からの言葉なのかはわからない。また、サポーターたちも選手たちに心の底からの感謝の気持ちを求めていたりはしていなかったりする。
男の世界にありがちな、お互いにドライな関係で満足しているのである。ところがこのメッセージは、直接的にウエットな領域の感情を刺激した。経験上、涙腺が破壊されるのも納得できる。

打ち合わせ
打ち合わせ。

打ち合わせ

通夜を終えてとある居酒屋へ。彼をどういう形で送れるのか、打ち合わせる。
仕事の都合でkazくんが送れて参加。この席で、見送りの時に歌う歌詞や、斎場にお願いするコースなどがまとまった。




告別式
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告別式当日
      告別式当日。
告別式
ご遺族、斎場との打ち合わせの結果、告別式を終えた後、火葬場に向かう途中にビッグアイに寄ってもらえる事になっていた。彼が愛したチームのホームスタジアムの前で、彼とともに戦った仲間たちと彼を送り出せる事となった。
そんな話をしていると、ふと霊柩車の運転手さんが会話に入ってきた。
彼は一切の私心を排除した口調で
「私はゆっくりと走りますから、みなさんはどんどん追い越していってください」
と言ってくれた。
「よりよい形で死者を送り出したい」という彼の職人としての気持ちがヒシヒシと伝わってきた。雅也はいろんな立場の人たちの、心からの追悼の気持ちを受けていた。
入り口に立っていたら、某国営放送の前大分担当のNさんが姿を現す。すでに大分からは異動になっているのだが、彼にお世話になったという事でわざわざ休暇を取って来たのだという。
このタイミングで、某TV局の知り合いから電話が入る。「ビッグアイでの追悼の場面を取材したいのだが」との事だった。
本来はそういう問い合わせに答える立場にはないのだが、サポーターの気持ちを伝えたくて、詳しい情報を伝えた。取材クルーは直接ビッグアイに向かうそうだ。
同じくらいのタイミングで、同じTV局のYアナから着電。今日になってようやく雅也の死を知ったという。これから会議があってどうしても式には出席できないという内容だった。それはそれで仕方ない。連絡すれば良かったとしばし後悔。
Nさんと席に着くと、すぐそばにO局のNさんが座る。神妙な顔つきだ。

涙のお別れ
涙のお別れ。

男前

告別式で一番男前だったのは、友人のIさんだろう。友人を代表して読み上げた弔辞はすばらしかった。自分が同じ立場に立ったら確実に泣き崩れるという場面で、こみ上げてくる感情を押し殺し立派に大役を全うしていた。ただ、それでも時折漏れる涙声が、感情を揺さぶった。
式の前に見た時には平静を保っていたように見えた奥さんは、焼香の時に見ると泣き崩れていた。たぶん、自分の夫に対して尽くされる、出席者が見せた「礼」に心が揺さぶられたんだろうと思う。目の前で自分の夫のために涙を流す人を見て、冷静でいられるほど人は強くない。
告別式が終わったタイミングでサポーターが呼ばれた。ご遺族のみなさんとともに花を棺に入れさせてくれるという。ご家族の厚意に感謝しつつ石崎さんが送った花から花を一輪手向ける。
改めて彼の顔をじっくり見せてもらったが、前日ちらっと見た時とは全く違う表情だった。穏やかな顔をしているとばかり思っていたが、実際は苦しげな表情を浮かべ、口のまわりには酸素マスクの後がくっきりと残っていた。
今思い出そうとしても彼の苦しげな表情は思い出せない。苦しげな表情をしていたという事は覚えているのだが、ではどんな顔だったのかというと、穏やかな顔しか浮かんでこないのだ。もちろん無理に思い出す必要はないから、それはそれでいいと思っている。

ビッグアイへ

霊柩車に乗せられる時、まわりを取り囲んだ数十人のサポーターが大声でマサヤコールを送り、その声に送られて彼は斎場を後にした。
即座に数十人のサポーターは自分の車を目指して走り出した。雅也がビッグアイにつくまでに追いつかなければならない。
高速で追いついた雅也の車は、運転手さんの言葉通りゆっくりと進んでいた。付き従った何台もの車は親族のものだ。そうやってビッグアイにたどり着くとすでに多くの仲間が集まっているところだった。
O局のMさんもすでにそこにいた。
簡単に言葉を交わしたが、神妙な表情が印象的だった。




ビッグアイ葬
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ビッグアイ葬
ビッグアイで送り出す。持っているダンマクは雅也が作ったものだ。この日は青色が印象的だった。

原色のビッグアイ

今思えば、この日の気候は特異だったような気がする。
空から降り注ぐ日差しは強烈で、その日差しに照らされた地上のもの全てが、自分の持つ色を搾り取られるように、くっきりと自身の色彩を放出していた。
それでいて空の青さは優しさを帯びていて、思い出すその風景の半分がその青色で埋め尽くされていた。
色彩を深く掘り起こす強烈な日差しの中にあって、空気は決して重たくなかった。撫でるように通り過ぎていく風が、厳しい日差しを和らげていたのかもしれない。
照りつける太陽の下、ぼくらが見つめる視線の先には、無味乾燥の道路が見えていた。深い色彩と強烈な日差し。
静寂が陽炎の中で揺れていた。
kaz家の車がビッグアイに着いた時とほぼ同じタイミングで、坂の下から雅也を乗せた車がその姿を現した。

サポーターらしく最後は歌で見送る
サポーターらしく最後は歌で見送る。

お別れコール

事前に、歌詞が印刷された紙が配られていた。
俺たちと共に闘った仲間
ずっと忘れない
お前の心 お前の魂
俺たちと共に 明日へ
(翼をくださいのメロディー)
歌い出しで、突然涙腺が崩壊した。
顔を覆ってしばらく泣いた。
なんとか声を絞り出していたが、たぶんまともな声にはなっていなかった。もちろん音程なんてとんでもない、という状況だった。

霊柩車の中から軽く頭を下げる純子さん
霊柩車の中から軽く頭を下げる純子さん。

さらにどん

一通り歌い終わったところで「マサヤ」コール。そしてそこで終わらないのが大分サポーター。
すぐに「ジュンコ」コールが始まる。ここでまた涙腺崩壊。自分でもよくわからない。さらに続けて「アオト」コール。
一連の儀式を終えると、喪主のお父さんが車の前に立った。そして心の底からの「ありがとう」の言葉と共に頭を下げた。
お父さんは告別式の時に碧人について言及していた。
「碧人は成人するまで責任を持って育てます」
改めてその言葉を聞いて、なんだか安心した。



加藤雅也追悼試合
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J1-2ndステージ開幕戦 大分vs磐田

しばらく悩んだのだが、この試合を自分が取材しないで誰がやるのか、という気持ちで取材を志願した。完全な個人的理由のため、金銭的な迷惑は一切かけないという前提でお願いした。
もちろん編集部に迷惑はかけられないので、J2の取材に穴が開くような事はできない。いろんな可能性を追求したが、翌日の川崎vs福岡の取材に支障が出ない移動ができる事を確認しての事だ。
それだけの事をしてでも取材したかったんだ、という思いは半分だけは通じた。しかし、残りの半分はわかってもらえなかった。大分が強くなって、自分も強く成らなきゃダメだという事だろうね。

試合前

前日に大分入りしたぼくは、11時過ぎにkaz家の奥さんにピックアップしてもらった。
車中で奥さんからkazくんの話を聞く。試合は19時から。どうしても仕事をはずせなかったkazくんは当初この日の参戦を断念していたのだが、ハッピを取りに行った直樹くんが「前半だけでも行けるんじゃないんですか」とカマをかけたらしい。そんな直樹くんに対して奥さんも特に反対せず。結局前半が終わった直後に出れば間に合うだろう、という事でその場で参戦が決まったとの事。まあ、他の試合であればそんな無理は言わないのだけど、この試合だけは意味が違うからね。


似顔絵の入ったゲーフラ
似顔絵の入ったゲーフラ。
ゲーフラ
似顔絵の入ったゲーフラにみんなで寄せ書きしているところ。多少デフォルメされて可愛くなっているのがシャクである(笑)。
ちなみにこの写真も入稿しましたが、掲載はされませんでした。

ダンマク制作中
ダンマク制作中。


ダンマク職人

大分サポーターのスプレーの技術はかなりのものがある。どうやらその筋でブイブイ言わせてきたらしい。これはビッグアイで雅也を送り出した時に歌った歌詞です。


残されたもの
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寄せ書き
寄せ書き。
たくさんの人の弔意
寄せ書きをお願いすると、ゴール裏の住人は次々にペンを手に言葉を書き込んでいった。
中央に立てかけられた紙には、雅也の死について書かれている。この一角を訪れてはじめて「えっ、あの方亡くなったの?」とショックを受ける人もいた。
考えてみれば、今年に入ってゴール裏から姿を消していた訳で、多くの人はその理由をこの日理解する事となった。

いつもの場所に置かれたタイコと花束
いつもの場所に置かれたタイコと花束。

いつもの場所に

いつも雅也がいた場所にタイコとレプリカが飾られた。花は生前仲の良かった女の子たちが持ってきたものだ。
タイコ打ちだった雅也は、後輩のタイコにいつも注文をつけていたという。
いつもダメだしされていたというSくんは「闘病中に観戦に来た新潟戦のタイコをほめてもらった」と懐かしがったが、「いつか抜いてやろうと思っていたのに結局追いつけないまま向こうに逝ってしまった。これで一生追いつけないですよ」と肩を落とした。
今でも試合前のゴール裏にいると、フラフラっと姿を現しそうだと誰もが口をそろえる。まだ死そのものが信じられないというSくんは「突然電話がかかってきていつものあの声で『もっとちゃんとやらんかえ』って言われるんじゃないかって思うんですよね」と話していた。
この日。ご遺族がはじめてゴール裏で観戦した。
その話を聞いた時、ふと思った。碧人がお父さんが立っていた場所に立った時何を思うのか。真っ青に染まったゴール裏を見上げた時、どんな事が頭に浮かぶのか。そんな話をしていたら、Tさんが「泣きそうや」と逃げ出した。
ピッチ内練習が始まり選手たちが姿を現す。
その選手の中の梅田と瀬戸の手には花束があった。彼らはその花束を手に、ゴール裏の前までやってきて手向けた。
梅田は試合前に「勝ちたいから気負わずに行きます」と話していた。もちろん雅也に勝利を捧げたいという思いからだ。
試合はサポーターの希望を乗せて先制するという展開に持ち込むが、残念な事にリードを守れず引き分けに終わってしまった。勝ちたかったという梅田が試合後に話してくれた言葉が印象的だった。


Q:加藤くんの死については?いい試合をさせてくれたと思います。
Q:選手の気持ちを盛り上げたと言う意味で?
そうですね。勝ちたかった、というよりも「そんなに甘くないよ」って向こうで言ってるような気がします。彼を満足させられるよう、次からもがんばります
雅也の件についてぼくは全く伝えられなかったのだが、一つだけ、サッカーダイジェストのマッチレポートが言及している。気になる人は4004.8.31付けのNo.743号のp.113を参照してみてください。
そんな訳で、担当者のIさんにサポーターからのお礼の言葉を伝えると「江藤さんがそういう話をしているのを聞けたので」と言ってくれた。大分に帰ったのは全く無意味ではなかったようだ。



加藤雅也追悼試合
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J1-2ndステージ第2節 横浜FMvs大分

前回のホームでの磐田戦に引き続き、2ndステージのアウェイ初戦となるこの横浜FM戦は追悼試合として位置づけられていた。ただ、この試合を取材できるとは考えていなかった。そんな中、編集部から電話が入る。
「次の試合は水戸でいい?」
特に断る理由もない。横浜国際に行けないのであればどこに行っても同じである。イヤだといっても変わる訳でもないし、そもそも指示された取材地を断った事はない。自分の希望を伝える事はあったが、それもJ2を優先しての事だったから、J1とJ2の試合日が重複しているこの節に横浜に行けないのは確定していた。
編集部は恐縮しているような口ぶりだが、水戸も行けばおもしろいので気持ちをそちらに向かって盛り上げていった。
状況が突然変わった。
首都圏のライターさんが軒並みアテネに出ていて、J1を書ける人がいないとの事。横浜に行ける人はいないか、と電話が来た。表にも書いたが、水戸の対戦相手がたまたま鳥栖だった事で大どんでん返しが起きた。
奇跡的な事だと思った。奇跡ってヤツは本当にこの世に存在するんだと思った。

ピッチ遠すぎ
お蔵入りとなったピッチ遠すぎダンマク。

お蔵入り

横浜FMサポーターと大分のコアサポは、直接面識はないという。それでもビッグアイに掲げられた「大分遠すぎ」のダンマクに対して「けが人多すぎ」というダンマクを掲げて以来、何かやらなきゃ、という思いがあったりするという。
そんな訳で、今回大分サポーターは「横国ピッチ遠すぎ」というダンマクを用意していた。追悼試合と位置づけられたこの試合には、掲示するダンマクの数を限定する事が試合前に告げられていた。そんな訳でこのダンマクはお蔵入りに。
ちなみにネット上で騒がれた「火をつけてやる」発言もあって「大分遠すぎ」ダンマクを微妙に修正した「大分すき」というダンマクが大分ゴール裏に用意されていたという。しかし担当者が事情を話すとえらい恐縮して外してくれたとの事。こういう話を聞くと、ホッとする。

雅也が作ったダンマクと共に
雅也が作ったダンマクと共に。

イメージ

「もう、イメージはできあがってるんだよね。梅田が目の前でゴールを決めて、そして空を指さすんだよ。泣くね」
Mさんの言葉を聞いて、フォエが亡くなった時のカメルーン代表や、ネルソン吉村さんが亡くなられた直後のC大阪を思い出した。確かにその光景を見たいと思った。
現実は、そう甘くはなかった。


後日談
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エピローグ

加藤家は雅也と大分トリニータとの深く強い絆を実感しこれからのホームゲームにおいて20席の客席を継続して購入。それを「雅也シート」として子供たちに提供するという。
連絡が回らずに、葬儀に出席できなかったYくんは「お盆になにかあるのであればぜひ」と話していたが、加藤家はまだ日が浅いという事でお盆の行事は行わない事になったという。ただし、自宅まで来られるのであれば、ぜひ仏壇に手を合わせてください、という話を伝えた。
Yくんは「それで十分です」と言っていた。
ビッグアイでの別れの儀式を取材していたO局が、ローカルニュースで雅也の死を関連付けて磐田戦を伝えたという。サポーターが特別な思いで試合に臨んでいた事。ビッグアイでの儀式。そして涙。
そういう様子が、ちゃんと伝えられたという。もちろん相手は磐田でやりがいのある相手だが、その試合の裏に込められた特別な思いが十分に伝わる映像だったという。心からの感謝を述べたいと思う。
27日の夜。突然T局のSくんから電話が入る。溝畑さんの社長就任会見に出たという。ニュースでは伝えられなかったが、その溝畑さんの口から雅也の話が出た事を教えてくれた。ただそれを伝えるためだけに電話してくれた。

伝説
伝説。

伝説に

雅也は悪性リンパ腫だった。大分でも治療を受けていたが、臍帯血移植を受ける事になったという。その治療のために東京に移送されて移植を待つ状態だった。
かっこつけしぃだった雅也は、Mさんに「絶対に治るからそれまでは入院の事は言わないでくれ」と話していたという。
いらんかっこつけやがって。
4月にマリノス戦を取材しに帰った時に、たまたま、病状が安定した雅也の病室を訪ねる機会があった。顔を見せると、照れくさそうな笑顔になった。ベッドに寝ている自分の姿を見られるのがイヤだったのだろう。もちろん絶対に治るという自信がその心情の根底にあるのは間違いない。
悪性リンパ腫というのは、わりと完治しやすい病気だという。そういう情報を雅也も知っていたのだろう。絶対に治るんだという言葉は、病気の性質を理解しての事だったはず。
ただ、雅也が闘った相手はどうしようもなく強かった。
酸素マスクをつけながら病気と闘っていた雅也は、適合する臍帯血が見つかり、移植手術をするまさにその当日に、息を引き取った。
梅田が絞り出すようにつぶやく言葉が忘れられない。
「もうちょっと、なにかうまくできなかったんですかね」
もちろんご遺族が何もしなかったのではないかと批判している訳ではない。それは親友を失った友の、心からの叫びだった。
「なんか、信じられないんですよね。まだ全然実感がなくて、ふっと姿を現しそうで。だから、なんとかならなかったのかなって、思うんですよね」
死者が一番怖がるのは忘れられてしまう事。だから、それくらいがちょうどいいのかもしれない。ふと気がつくと、そこにいるような、そんな感覚。
雅也はみんなの心の中で生きていく。
そう、大分トリニータと、共に。




初めての方も、何度かお越しいただいている方も「ふっとぼうず」を訪れていただいてありがとうございます。もしこのブログを気に入ってもらえましたらRSSフィーダの登録をお願いします。簡単に更新情報を受け取れるようになります。また江藤高志のツイッターアカウントもありますので、合わせて登録していただければと思います。
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キャンプは沖縄で

ニュースコラム

キャンプは沖縄で

by ETOH Takashi 2001.12.30



仕事関係で聞いた話によると

今年のキャンプは沖縄らしい。



貧乏なんだか、バブリーなんだかわからない(笑)。



まあ、それはさておいて、そのあおりを食って

イヤーブックの選手紹介の仕事が全部すっ飛んでしまった。

チーム沿革をまとめるという

冒頭の8ページだけはやらせてもらえるそうだけど。



それにしても、帰る気まんまんでスケジュールを組んでいたのでこれから関係各所に「東京に残留します」案内を流さねば。

いろいろ理由があるのはわかるけど、もうちょっと早く教えてほしかった…。



という事で、取材で大分に帰った時にでも

魚民真っ青プロジェクト第二段

として、新年会でもやろうと思っていたんですが

できなくなりました。

うーむ、残念。



延岡、行きたかったなぁ。

東京→大分ホットライン

ニュースコラム
東京→大分ホットライン
by ETOH Takashi 2001.12.15

いやー、驚いた。
何がって、あのサンドロですよ。

今年J1だめだったから
来年はもう大分はだめかなと思っていたら
サンドロ獲得ですよ。
驚きです。

とにかくサンドロには
大分コテコテにやられた記憶しかない。

ヘディング強くて、放りこんだボールをことごとくはじき返してた印象があります。
そういう、局面の強さもさる事ながら
バリバリの4バック実践者というのもありがたい。

何しろ、今年の大分は3バックから4バックへと変更した事で
適任のセンターバックがいなくて苦戦しました。
それが、彼の加入によって
4バックへの対応にめどが立ったわけです。
これは大きい。

大分の2001年シーズンは、試合展開では圧倒しておきながら、簡単なディフェンスのミスで落とした試合がいくつもありました。
組織で上回っていながらも、個のミスで試合を落とすという試合が少なくなかった。
サンドロの加入は、そうしたケアレスミス的な失点を無くす効果があると思われます。

2000年の加賀見に続いて、東京→大分の強烈なホットラインが炸裂です。

いやー、それにしてもなんでだろう?
原さん4バックだったっていうし(ソースはレッズサポ)、サンドロいて悪くないと思うんだけどなぁ。

何で来たんだろう?
温泉? 豊後牛? 都町(爆)?←ダメじゃん。

我が家にW杯がやって来る。

ニュースコラム
我が家にW杯がやって来る。
by ETOH Takashi 2001.12.12

当方、三十路リーチホヤホヤのいいおっさんであるが、本日2次販売にて6月2日のイングランド×スウェーデンをゲット。
いやー、マジ感激したッス。

現在、マスターカードが10,000円ごとに1口、観戦チケットの懸賞に応募する権利を付けているので、支払いをマスターカードで行おうと思ったのだが、どこをひっくり返してもカードが出てこない。

しばしオペレーターさんに待ってもらって探し続けたのだが、結局見つからず現金で支払う事に。
それはまあ、いいや。
とにかく、ようやく一枚チケットを確保できてホクホクである。

いや、もちろんホクホクです。
ホクホクなんだけど1試合だけじゃ、やっぱまずいんだよなぁ。
ライターの端くれとしては…。

すっげー、いい雰囲気。

ニュースコラム

すっげー、いい雰囲気。

by ETOH Takashi 2001.11.21





別に、恋をした高校生が、片想いの女の子と話が弾んだ事を報告しているわけではない。



鳥栖スタジアムでの大分の応援である。



いやー、最高やったね。

専用スタジアムだったという事もあるとは思うけど、大分の応援を見てきた中で最高の応援でした。

このコラムでも書きましたが、後半の途中からはゴール裏1回席のほとんどの人が立ち上がっての応援。

http://www.isize.com/sports/football/column/etoh_C20011120002.html

なんか、そこまでして応援しているみんなの姿を見る事ができて、しびれました。ちょっとだけ涙腺が緩みかけたくらい。

試合が白熱していた事もあってさすがに泣けなかったけど。



たぶん、あの試合を応援していた多くの大分側の観客はもう一度スタジアムに足を運ぶんじゃないかと思います。

それくらい良かった。

それくらい、サポーターが醸し出すスタジアムの雰囲気は集客の面でも意味があります。



チームの経営上の大問題です。

来期に向けて

ニュースコラム

来期に向けて

by ETOH Takashi 2001.11.13





鳥栖戦に向けて練習をするトップチームの側で、違うジャージを着た選手もちらほらと見られました。

一人、えらい足の速い選手がいました。一芸に秀でているという点では、興味をそそる人材です。

この週末に、トップチームはサッカー人生をかけた戦いに赴きますが、その一方でチームは来期以降に向けて着実に動いていますね。ひとまずは安心しました。

大分恒例秋の風物詩

ニュースコラム
大分恒例秋の風物詩
by ETOH Takashi 2001.11.11

「早く楽にして」
という思いの一方で
「もしかしたら」
という気持ちの間を行き来してきたこの一ヶ月。
上位陣との直接対決での圧倒的な勝負弱さの中で、何度も味わった絶望感。
それでも最後まで可能性を残してきたのは、下位に取りこぼさないという当たり前のようでむずかしいことを、ある程度徹底できたから。冗談みたいな状態が続くが、一応裏付けはあったりするわけである。

大分の今季最終戦は鳥栖スタジアムで行われる鳥栖戦。陸上トラックの存在するスタジアムしか持たない大分にとって、選手の息づかいを目の前で感じられるこの専用スタジアムでの最終戦は、よかったのかもしれない。
サッカーの醍醐味、サッカーの美しさを堪能しよう。
そして、笑いたいね。

見届けちゃる

ニュースコラム

見届けちゃる

by ETOH Takashi 2001.11.10



親愛なる大分トリニータ様。



今年もいよいよ最後の舞台にたどり着きましたね。

いや、実際は最後の舞台に立つことも許されていないような状況ですね。

でも、可能性自体は残っています。不思議なものです。



いろいろな人から、

「湘南に行きましょう」とか「仙台がいいですよ」

と誘われました。でも、断りました。



確かに湘南に行けば京都の昇格の瞬間を見ることができるかもしれない。

仙台に行けば、またあのすばらしい応援を体感できるのは間違いない。

でも、そういう事はわかっていても、やっぱり大分に帰ってしまうんですよね。



なぜだろうと思案して悟りました。

この試合を見るのはぼくにとって義務だと思うんですよ。

大分トリニータと共にライターとして成長してきたぼくにとって義務だと思うんですよ。

湘南にしても、仙台にしても報道陣は集まるでしょう。

非常においしい場面ですからね。

だから、みなさんのこの1年の試合の集大成となるはずのこの試合を見に帰ってきました。



期待してます。

限りなく少なくなった可能性にではなく、この試合に投影させるみなさんのハートにです。

心情としては、戦地へと赴く軍人さんを見送る人々というところです。

ぼくには、ピッチで前身全霊を傾けて戦うあなた方のメンタリティーにはどうやっても到達できません。

ただただ、両手を握り締めて祈る事しかできません。

玉砕するのは目に見えていても、その瞬間を見届けたいと思います。

そして、その姿を目に焼き付けていつか語りたいと思います。



「彼らは勇敢に戦った」と。



ほんとに残念なのが、形式上であってもサポーターが一つになってあなた型を支えられなかった事。

ぼくが動くのがあまりに遅すぎました。

動いてどうなるものでもないのかもしれませんが、ベストを尽くしたとは言えませんでした。

自分の力の至らなさを痛感します。残念です。

イントロダクション

南烏山蹴球総研

イントロダクション

by ETOH Takashi 2001.11.5



すでにイントロダクションを読んだ方はいきなりこちらへ(ちなみにまだ未完成)。

http://home.att.ne.jp/air/footbose/nwbn/labo/011103.html



 11月2日付け日経新聞の33面「九州経済A」の紙面に、大分FCの星野社長の顔写真入りの記事が掲載されている。



「当社がスポンサーも降りるわけにはいかない」(原文ママ)

という発言が引用されているが、一方で

「(結果の)責任はとる」

という発言も掲載されており来期に向けて大分FCの先行きの不透明感が増してきている。



 J1昇格が絶望的な状態の中、来シーズン以降のチームにできることは何だろうか、というテーマを主題にして今回の話し合いは行われた。



 上記の記事には、

「運営資金、県に支出要請」

という見出しが躍っている。水戸戦後、記者に囲まれた溝畑GMは、

「運営資金集めをがんばります」

と語っている。つまり、チーム存続のための資金源として、スポンサー収入の道ばかり模索しているように見えるのである。



 J1昇格がほぼ絶望的となった今シーズンの結果をうけて、サポーターの間には「ペイントハウス撤退」という最悪のシナリオが描かれた場合の悲観的な予想もちらほらと出てきている。

「広告」という目的、もしくは名目でスポンサー料という形での運営費を支払っている以上、成績が伴わなければ広告媒体としての価値も低下すると見なされてもおかしくはない。それどころか、長引く不況の中、多くの社員をかかえる企業にとって利益にならないものへの投資が制限されるのは当然だとも言える。



 つまり運営資金をスポンサーからの収入に頼っている以上は、成績と運営資金面での不安定さとは切っても切れない関係にならざるを得ないわけである。



 溝畑GMは、「資金集めにがんばります」と語っているのだが、ぼくはそれは強いチームを作るための方法論としてやはり優先順位としては低いものとして考えるべきだと思う。



 Jリーグとは、そもそも興業としてサッカーの試合を見せる事で収入を得て、経営を成り立たせているチームが集まったリーグである。おもしろい試合をすればお客さんが入り、その収入によってさらに価値のある選手を獲得したり、ユース年代の育成事業に資金を注ぎ込む事で、よりおもしろいサッカー(=より価値のあるサッカー)を目指すことができるようになるのである。



 Jリーグがおもしろいのは、そうした強いチームだけがより強くなるという強化論に対して、それ以外の方法論も用意しているということである。



 つまり、各クラブチームと本拠地としている地域との結びつきを強調することで、成績に左右されないサポーターを獲得しようとしているのである。ただ、Jリーグ側からは、その方法論が提示されているだけであって、その方法論を実践するやりかたは各チームに任されている。



 大分トリニータ首脳陣の来期に向けた構想を聞いていると、スポンサー料としての運営費をどのように集めるのか、という視点ばかりが聞こえてくる。もちろん、スポンサー料という収入源は否定しないけれども、本来のプロスポーツチームのあるべき姿、つまり入場料収入をどうやって増やすのか、という視点がチーム関係者からほとんど聞かれないのは残念である。



 そこで、今回開催した大分を語ろう(仮)改め、南烏山蹴球総研サッカーを語る会では、観客動員増につなげるために、どのような方法が考えられるのか、議論してみた。



 空論に終わることなく、費用対効果まで試算したある程度実効性のある数字を算出したので読んでみてほしい。



レポートはこちら(ちなみにまだ未完成)。

http://home.att.ne.jp/air/footbose/nwbn/labo/011103.html

御礼

ニュースコラム
御礼
by ETOH Takashi 2001.11.3

ここのサイトを読んでか、どうか、正確なところはわからないですが、ホームでの水戸戦ではメイン側、芝生側のできる限りコールがまとまるようにしようとする配慮が感じられました。
どうも、ありがとうございました。

話を聞くとお互いに交流はないようですが、顔が見えるところで話をすることは非常に大事だということを、メイン側で応援されている長瀬さんとの話の中で感じました。
「ひとつになってやる可能性はゼロではない」という事や、「意地を張ってやっているわけではないんです」とう言葉に希望を見た気がしました。

今後、しかるべき第三者の仲介を仰いで、定期的な話し合いの場をもてるような所まで事態を進展できれば、同じものを愛し合うもの同士、妥協できるところが見つかるんじゃないかと思いました。

新潟が4万2千人を動員しました。仙台もコンスタントに観客を集めるようになっています。スタジアムの一体感は、観客のリピート率、そしてファンとしてチームを応援する人の増加につながるように思いますし、チームの成績にもつながるように思います。そして、それをJ2のこの2チームが現在までの結果で証明しているように思います。
そういう意味では、ぼくは今回のお互いのお互いを思いやる、そしてチームのことを考えた応援というのは意義があったと思っています。
引き続き次回のホームゲームでも、よろしくお願いします。

最後だけでも

ニュースコラム
最後だけでも
by ETOH Takashi 2001.10.22

一つにならんかえ、サポーター。

お互いにいろいろなすれ違いがあるのはわかってる。
だけど、今は非常事態。
とりあえずお互いに矛を収めて休戦してみらんかえ。
最後のホームゲーム2試合(+アウエイ鳥栖戦)だけでも
とにかく一つにならんかえ。

バラバラの応援を続けて
シーズンが終わった時に悔やむような事があったら
それこそ悲劇だと思う。
チームを愛する気持ちはどちらも同じはずだし
別々にやっていても本心では
「一つになれたら、絶対にそっちの方がいい」
と思っているはず。

青の洞門の恩讐の彼方に、じゃないけど
過去の事は忘れるとか、棚上げして
最後のホームゲーム2試合(+アウエイ鳥栖戦)だけでも
なんとかなりませんか?

今はメンツとか見栄だとか
そういうことよりももっと優先させるべき事があるはず。

チームを愛するみなさんへ
チームを愛するものとしての心からのお願いです。

isizeの企画でこんなの書きました。
合わせて読んで下さい。
http://www.isize.com/sports/football/jleague/topics/topics_vivid_N20011024012.html

大分を語ろう(仮)

ニュースコラム

大分を語ろう(仮)

by ETOH Takashi 2001.10.21



サッカーを語る集会ですが、日時が決まりましたので告知します。



場所:コンパルホール

日時:11月3日(土) 14時~16時半



★サポート活動として、どんな事ができるのか。

★FCに求めるこんなグッズ、あんなサービス

★トリニータの経済波及効果

★大分FCが破綻した時何ができるか。

などなど。



参加者には、部屋代として100円程度を負担していただければと思います。

参加希望者は、連絡ください。

議論したい人は掲示板にスレッド(スレッドへの直リンクです、これ)を立てましたのでそちらを使ってください。

http://hyper4.amuser-net.ne.jp/~auto/b13/usr/trinista/brd1/comdsp.cgi?388&&&

悲観論が蔓延してるけど

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悲観論が蔓延してるけど

by ETOH Takashi 2001.10.7



みんなあの人の事を忘れてる。



ノブリン。



この前の川崎戦の試合後の監督会見で、大分トリニータにエールを送ってくれたけど、あれはノブリンの本心だと思うよ。

聞いててなんかあったかくなったし、会見場の雰囲気も和んだような気がした。

もちろん、川崎が「大分のために」なんて戦うわけじゃないけど、結果的にそうなるんじゃないかとひそかに期待してます。

それに、大分は今シーズンの川崎との対戦を全部終えてるわけで、後は援護射撃に期待しようじゃないですか。



まだまだ、勝負はこれから。

諦めるのはまだ早いよ。



ただ、川崎の援護射撃を期待する前に、大分が勝っていかないとどうしようもないんだけどね。



で、掲示板で大分の布陣について議論してます。よかったらどうぞ。

http://hyper4.amuser-net.ne.jp/~auto/b13/usr/trinista/brd1/comdsp.cgi?389&&&6

大分を語ろう(仮)

ニュースコラム

大分を語ろう(仮)

by ETOH Takashi 2001.10.6



サッカーを語りたいと思います。場所はコンパルホールで11月3日を想定していますが、休日にタダで使わせてくれる会議室があればぜ教えてください。語る内容についてはいくつか考えていますが、テーマは大体こんな事を想定しています。参加者には会場の利用費だけ負担してもらいたいと思っています。

★トリニータのベストな布陣とは?

★FCに求めるこんなグッズ、あんなサービス

★トリニータの経済波及効果

★J1、J2他チームの現状

★大分FCが破綻した時何ができるか。

などなど。

興味のある人は、連絡ください。

議論したい人は掲示板にスレッド(スレッドへの直リンクです、これ)を立てましたのでそちらを使ってください。

http://hyper4.amuser-net.ne.jp/~auto/b13/usr/trinista/brd1/comdsp.cgi?388&&&

「魚民オフ」

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「魚民オフ」
by ETOH Takashi 2001.9.23

holiomaさんが紹介してくれたこの企画ですが、12名が集合して無事に終了。こういう形で大分のファンが集える場所がもっとあるといいなと思いました。
ちなみに40人くらい集まると、このテーブルがある部屋を丸ごと埋め尽くせます。それくらいの団結力があるといいんですけどね。

28節新潟戦観戦記

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28節新潟戦観戦記

by nyankoさん 2001.9.15



2001年8月25日(土)/天候(曇時々雨)/J2第28節/大分トリニータ VSアルビレックス新潟



<ルシアノが戻ってきた>

 ルシアノ・・・、思い出すのはNHKでも中継された昨年の札幌とのアウェー。終了間際に同点に追いつくボレーシュートは強烈な印象を残し、確実に大分の歴史の1ページとなった。左足から繰り出される技術は高く、鳥栖にレンタルされてからは司令塔として活躍。そして昨年の最終節、浦和戦で彼があのPKを決めていれば、大分がJ1の舞台に立っていた・・・、苦い思い出である。今年は残りの試合で昨年の雪辱を果たしてもらいたい。

 そのルシアノは、中盤のやや引き気味の位置で原田とダブルボランチを組んだ。また、鹿島から獲得した中村を左サイドバックに起用。出場停止のスターレンスの代わりに山崎をセンターバックに置いた。



続きはこちらへ

http://home.att.ne.jp/air/footbose/nwbn/oitajin/010825.html



ちなみにこのレポートの作者のにゃんこさん、奥さんがおめでた、だそうです。暗い世情の昨今ですが、明るいこういう話は救われます
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「飲もうか、みんな」

改め

「9/21 ジャングル公園横・魚民をレプユニで埋めよう計画!」

発動!!

by ETOH Takashi 2001.9.15



えー、そんなわけで、鳥chの9/22 <ビッグアイ> 2万人越え計画!! スレッド内で、いつのまにか尾ひれがついてしまっていまして、ただ、ぼく的にはそっちの方がおもしろいじゃん、という単純な理由で新プロジェクト発動です。

http://www2.d-b.ne.jp/torinichi/cgi-bin/torichan/BBS/index.html

http://www2.d-b.ne.jp/torinichi/cgi-bin/torichan/bbs.cgi?bbs=BBS&mode=ViewRes&thid=999352738



日時は9月21日(金)夜20時~。

場所は、ジャングル公園の所にある魚民。

会費は飲んだだけ頭数で割って出したいと思います。男女の差は臨機応変に。たぶん3000円くらいかな。

はなしのネタは、チームの体制、観客動員の問題、サポーターの問題などなど。そんないろんな問題に対するみなさんの意見をぜひ聞かせてもらいたいと思っております。

参加は自由。サポーターの方も、座って観戦している人もみなさんに来てもいただければと思います。

参加希望者は、メールで参加表明してください。参加資格は、大分トリニータへの愛情を持っている方という事でお願いします。

持っている方は、レプリカユニフォーム&タオルマフラー持参でおこし下さい。



個人的には、メインスタンド&ゴール裏のサポーターのみなさんが一同に会す場所になれば喜ばしい限りでございます。たぶんね、face to faceで話し合えば分かり合えると思うんですよね。だって同じチームを愛しているもの同士なわけだしね。

なお、現在の所特定の集団に対して参加を働きかけているような事はありませんので、皆さんこころおきなく参加ください。



参加希望者は、このメールアドレス宛てに参加表明してください。ちなみに現時点で数名の方から参加表明をいただいています。

追悼。

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追悼。

by ETOH Takashi 2001.9.11



戦争するなら宣戦布告しようよ。一般市民は巻き込むなよ。ほんと、腹立つ。事故を目撃してた人、泣いてたよ。ってか、泣けてきた。



こんな事表明してもなんの意味もないんだけど、今回のテロ事件でなくなられたみなさまに、心よりの哀悼の意を表します。



アメリカの同盟国である日本も、攻撃目標になる可能性は高い。みなさん、死なないでください。

大分、後味の悪い勝利。

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大分、後味の悪い勝利。
by ETOH Takashi 2001.9.8

第31節

勝つには勝ったが、非常に後味の悪い勝利だった。もっと息詰る戦いを見せてくれるものだと期待していただけに、非常にガッカリさせられた。
試合としては、ベンチーニョの先制ゴールが見事だったがそれだけである。

それにしても、なぜあそこまで無駄な抗議を続けるのだろうか?
無駄な抗議をし、それが受け入れられないと見るや、審判に対してキレる。もっと分別をつけるべきだと思う。プロとして当たり前の事である。

飲もうか、みんな。

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飲もうか、みんな。
by ETOH Takashi 2001.9.6

みんなでトリニータの明日を語り合いませんか?
日時は9月21日(金)夜20時~。
場所は、ジャングル公園の所にある魚民。
会費は飲んだだけ頭数で割って出したいと思います。男女の差は臨機応変に。たぶん3000円くらいかな。
はなしのネタは、チームの体制、観客動員の問題、サポーターの問題などなど。そんないろんな問題に対するみなさんの意見をぜひ聞かせてもらいたいと思っております。
参加は自由。サポーターの方も、座って観戦している人もみなさんに来てもいただければと思います。
おそらく今シーズン最後になるであろうビッグアイでの試合の前日。大分を愛するいろんな方々と飲み明かせたらなぁと思います。

参加希望者は、このメールアドレス(footbose@zac.att.ne.jp)宛てに参加表明してください。
ちなみに現時点で何人集まるかさっぱりわかりません。
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大分、無難に勝利。

by ETOH Takashi 2001.9.6



第30節鳥栖戦



現在10位のサガン鳥栖をホーム「長崎」に迎えた大分。訳のわからないスタジアムの選定だが、いろいろな計算があるのだろう。とやかく言っても仕方ない。



試合のほうは、開始早々の13分にベンチーニョが先制点。そのまま無難に勝利するかとも思われたが、後半に入った61分に鳥栖に同点ゴールを許す苦しい展開。そんな中でも、やっぱり頼れるのはベンチーニョだった。

同点ゴールを許した直後の64分に、鳥栖を突き放す2点目を叩きこんでそのまま逃げ切った。



ちなみに、2位の大宮が甲府に足元をすくわれ(ありがとう、甲府!!)、京都がアウエイで仙台に引き分けたことで、大分が京都と勝ち点59で並び得失点差で2位となった。実に18節以来の2位である。

ちなみに今シーズンこれまで3度2位の座についているがどれも1節で転落している。

次節の仙台戦を落とせば今回も1節で2位転落となる。昇格を狙うチームならば、ここは意地でも負けられない試合である。



みなさんの熱い思いを、この試合に!
ニュースコラム

大分、危うく足元をすくわれそうに。

by ETOH Takashi 2001.9.6



第29節甲府戦



対戦相手は最下位甲府。前節、横浜FC戦をVゴールで勝っており、調子は上向き。実際に試合内容も悪くはなかった。ただ、相手ゴール前20mからのアイディアが乏しくゴールに結びつかなかっただけ。逆に言うと、決定力さえ持っていればなんとかなるという感じだった。



その甲府に、大分が足元をすくわれそうになった。

ほぼ、試合を支配しながらも決定的なシュートが打てないまま突入した前半のロスタイムに、太田に先制ゴールを許してしまう。

さらに同点を期して迎えた後半開始早々の53分にも追加点を許し、後半途中に2点のビハインドを背負うという苦しい展開。

しかし、得点できなければそのままズルズルと守られかねなかった55分に高松が顔面を強打しながらも1点差に追いつくゴールを決めると、61分、77分に船越が連続ゴールを決めて鮮やかに逆転。見事に勝利を収めた。

京都が湘南に破れた事で、勝ち点で首位京都58、2位大宮57、3位大分56という状態に。次節以降、一つの勝敗で順位が入れ替わるという恐ろしい状況に。今年のJ2は最後まで熱い!

そんなに言うならビッグアイで!

ニュースコラム

そんなに言うならビッグアイで!

by ETOH Takashi 2001.8.28



表紙の写真につられて買ったROCKIN'ON JAPAN.9月号の最後の方のコラムにて、Mr.Childrenのボーカル桜井和寿がW杯で君が代を歌いたい、と言ってるということが書かれてある。W杯は、FIFAが主催する大会なので果たして君が代の独唱といった特別な対応が可能なのかどうか微妙な所ではあるが、桜井さんが君が代を歌う所は見てみたいものである。

そこでである。いきなりW杯本番の満員の日本戦の試合会場で君が代を歌ってもさすがに緊張してキーをはずすような事もあるだろう。そんな事がないよう、ビッグアイで一度予行練習してもらおうじゃないか、というのがこの記事の主旨である。



来シーズンの大分のビッグアイでの1発目に桜井さんを呼んで君が代を思う存分歌ってもらいたいと思うのである。

なに? 大分じゃ、客が少なすぎて予行演習にならんだろう? 大丈夫。桜井さんが来るってだけで大分の試合でも満員になるから(笑)。

23節山形戦観戦記

ニュースコラム
23節山形戦観戦記
by nyankoさん 2001.8.2

2001年7月28日(土)/天候(曇)/J2第23節/大分トリニータ VSモンテディオ山形

 <攻撃力で圧倒、収穫もあった、が、試合に勝って勝負で負けた>
 キックオフ直前、選手達がそれぞれの位置に散らばり、山根が中盤の右、スターレンスがボランチに入った時点で期待が高まった。
 キックオフから山根のタメが加地のオーバーラップは何度も引き出し、自らも縦に突破、中へ切れ込む、ミドルレンジからシュートなど、右サイドを完全に支配した。
 スターレンスは、金本のバランスを考えたポジショニングのおかげで積極的に攻撃参加でき、何度もゴール前へ迫力ある飛び出しを見せた。金本の左右への散らしもチームにいいリズムを与えていた。
 目を見張ったのは池端のロングフィード。前半だけで3本、昨年のシジクレイを髣髴とさせる美しいライナー性のパスを、両サイドの深いところへ通してみせた。これは攻撃の武器になり得る、大きな収穫である。

続きはこちらへ
http://home.att.ne.jp/air/footbose/nwbn/oitajin/010728.html
ニュースコラム
18節川崎戦観戦記
by nyankoさん 2001.8.2

2001年7月7日(土)/天候(曇)/J2第18節/大分トリニータ VS川崎フロンターレ

 <ストッパーを4人並べる守備システム>
 小林監督は、エメルソン対策として今季初スタメンの池端を起用し、完全なるマンマークを指示した様子。池端がサイドまで追いかけた時は、吉村、山崎らがカバーする変則的な4バックである。
 池端は、エメルソンのスピード勝負による突破に対しては対応できていたが、ボールの無いところでの動きで簡単に目を離す場面があり、やむなく対応したスターレンスや吉村がしばしばスピードで置いていかれた。また、川崎Fの2列目の飛び出しに(通常ならボランチが着いていくのだが)誰が対応するのか徹底されておらず、裏を取られそうな場面が何度も目についた。

続きはこちらへ
http://home.att.ne.jp/air/footbose/nwbn/oitajin/010707.html

石崎さん、川崎の監督に就任!

ニュースコラム

石崎さん、川崎の監督に就任!

by Etoh Takashi 2001.7.17



うそーん(笑)。←アクセント注意

明日フロンターレの練習場に行ってみようかしらん。

川崎オフィシャルサイトのリリース



どうやらこのリリースはにせものじゃなかったようです。

ていうか、ほんとーん、でした。



ちなみに練習後、監督の「ワレ」という呼びかけの言葉に恐れおののく選手がいました。広島弁はたしかに怖いかも。

http://www.frontale.co.jp/information/detail/detail_0717.html

「意味はあった」との事。

ニュースコラム

「意味はあった」との事。

by Etoh Takashi 2001.7.14



ネット上において、TOSに対してサッカー中継が少ないという批判が噴出した。実際に放送局のほうには、そのようなクレームのメールが多数寄せられ、担当者は「すごかったです」と話している。ただ、こうしたクレームのおかげもあって、深夜ではあったがキリンカップ・パラグアイ戦は放送できたらしい。つまり、県民の批判の声はTOSの番組編成に多少なりとも影響を及ぼしていた事になる。

で、合同新聞によるとユーゴ戦は40%を超えるという爆発的な視聴率を稼いでいたと報道されている。TOSの上層部も、これを期にサッカーに対して理解を示してくれればいいのだが。



ちなみに、若年層のサッカーに対する関心は高く、Numberにしてもスポーツヤア!にしてもスポーツノンフィクションを切り口にしている雑誌は、サッカーの号の売れ行きが全く違うのだそうだ。日本のプロスポーツの老舗である野球は、メジャーじゃなければ売れないらしい。もちろん、インターネットでのコンテンツにおいても、サッカーに対するアクセスは野球のそれの比ではない。

つまりどういう事かと言うと、マスコミ内の番組編成の権限を持つ上層部と、番組を見て楽しむ側とに深刻な価値観のギャップが生じているということである。現在マスコミで番組編成権を持つ上層部は、生まれながらのプロ野球世代。

この世代とある意味対立関係にあるのが、93年にJリーグが生まれサッカーのおもしろさに開眼した世代である。彼らは、ネットという強力な情報収集上の武器を持ち、その数はご存知の通り年々増加してきている。しかし、若さが故に番組編成権など持ち合わせてはいないのである。

自分の感性を頼りに番組編成していて世論を動かせたのは、マス(大衆)が情報をマスに対して発信する手段を持たなかった時代までの話。しかし今や、インターネット人口は爆発的に増加を続けており、日本はITを国策として掲げている。となれば、番組編成する人間が、自分の感性を信じていられる時代は終わったということを示唆しているのではないのか。

マスは、自分たちの感性で、旧来のマスコミに頼らない手段で新しい価値を構築しつつある。彼らがインターネットというメディアを手にしているからである。そうしたマスに対して、番組編成権者が降りていく、もしくは情報を求めるために歩み寄る必要があるのではないのか。



地上波のデジタル放送化に伴って、放送局は良質のソフトを提供していかねば淘汰される運命にある。そのような状況であれば、日本代表の試合だったとは言え、40%を超える視聴率をサッカーが稼ぎ出した事の意味をもっと真摯に受けとめる必要があるのではないのか。なぜ、大分県民は日本代表に狂喜できるのか。それは自分が所属する集団(つまり、日本国)の代表だからなのではないのか。そのような分析ができれば、大分に根を下ろしている大分トリニータが大分県を代表するものとして県民の理解を得られないと誰が言いきれるのだろうか?

現在、大分トリニータは県民の熱烈な支持を得ているとはとても言いきれない状況にある。その意味において、営利企業である大分県下のマスコミが、トリニータを前面に押し出した番組編成をできないことは理解できる。しかし自前の素材がありながらもそれを使いこなせないのであれば、結局は在京キー局が制作したソフトを消費させられているだけではないか。マスコミに従事するものとして、自らが一つの価値を作り出すという気概を持てないものなのか。在京キー局が作ったものを買い取るだけでなく、在京キー局が売ってくれといってくるようなものをぜひとも作り出してもらいたいものである。そして、それは自県にあるプロサッカーチームを戦略的に利用するという視点を持った時にはじめて可能になる事でもある。



限りある資源としての放送周波数を割り与えられているマスコミ(TV放送局)としては、営利企業であるという前提と共に、高度に公共的な役割をも与えられているという事を自覚すべきである。

それは、大分トリニータが大分に根を深く下ろす事で、地域住民に対して利益がもたらされると言う事が前提としてなければならない。なにが地域住民に対してもたらされるのか。その具体的な話はまた次の機会にでも論じるが、Jリーグの理念に沿った形で大分トリニータが発展を続ければ、これは地域に還元できる利益はかなりのものがあると断言できる。しかし、これは外野から「大分トリニータが大きくなれば、このような利益が生まれますよ」と語ってもあまり信憑性を持つものではないのである。それは、チームの側から具体的な目標を示しながら提示されるべきものである。

その意味において、まだまだ大分トリニータも自身のプロモーション活動(販売促進活動)において未熟ではある。

まあ、そんな事はさておき、県内のマスコミに従事している大分トリニータファンのみなさん、大分県を愛するみなさん、ダマされたと思って大分トリニータをもっと大きく取り扱ってみてください。きっと想像以上の利益をもたらしてくれる存在に成長しますよ。必要とあれば、ひと声かけていただければいくらでも協力しますよ。

寂しいね。

ニュースコラム

寂しいね。

by Etoh Takashi 2001.7.11



しらしんけんの掲示板の閉鎖。

いろんな理由があるというのは理解できるけど、やっぱり大分系HPの老舗だし、1番まっとうな情報が集まる掲示板でもあったわけだし、早く復活してもらいたいものです。

っていうかさ、…。

JOMOカップ

ニュースコラム

JOMOカップ

by Etoh Takashi 2001.7.9



JOMOカップの開催要項が発表されましたが、外国人選抜にJ2に所属の選手を入れると、かなりおもしろそう。



エメルソン  バルデス  マルコス(バレー)



      ガビリア



朴智星         マルキーニョ



      リカルド



トニーニョ パラシオス スターレンス 



      チラベル(友情出場)



うぉ~、つよそ~。というかおもしろそう(笑)。

おれは、こういうスタメンがいいなぁなどというご意見は、掲示板ででも。

どこからの視点にすべきなのか。

ニュースコラム

どこからの視点にすべきなのか。

by Etoh Takashi 2001.7.5



大分のビッグアイは、規模のわりにはかなり安く作られているそうだ。山の上を切り崩して作った事もあって、アクセスに重大な問題は付きまとってはしまうが、ただまだ許せる範囲である。また、スタンドもかなり傾斜がついており、1階の最前列のいわゆる可動席を除けば、かなり見やすいスタジアムになっている。そういう部分では十分に合格点がつけられるスタジアムである。

しかし、スタジアムとは本来、何らかの競技を見物するためのものである。ビッグアイであれば、当然のごとく来年のワールドカップに向けて作られたものである。つまり、サッカーをするためのものだということである。しかし、サッカーをするためにしてはあまりにも芝が悪すぎた。

確かに観客を中心に据える視点は悪くないようにも思う。しかし、その観客は高いお金と労力を払って芝の上で行われる試合を見に来ているのである。

なんとか芝にもっと意識を傾けてもらいたいものである。

うーむ、世界の壁は高い。

ニュースコラム

うーむ、世界の壁は高い。

by Etoh Takashi 2001.6.21



ワールドユースは、アンゴラ戦を1-2で落とし、これで決勝トーナメント進出はかなり厳しい状況になりました。前回はトルシエで準優勝。今回は西村監督で予選リーグ2連敗。うーむ、厳しい。



「松橋がいればなぁ(笑)」

などと言うたわごとは、掲示板ででも。

新外国人選手。

ニュースコラム

新外国人選手。

by Etoh Takashi 2001.6.15



ベンチーニョの獲得が発表されました。すでに9番で登録されている所を見ると、クビツァは登録を抹消された模様。

ちなみに大分オフィシャルサイトを見ると、18日からトップチームの練習に合流する模様。

うーむ、新潟で見たかった(笑)。



そんなわけで、某Tさん、わざわざ電話ありがとうございました。

サポーターミーティング

ニュースコラム
サポーターミーティング
by Etoh Takashi 2001.5.31

先日行われたサポーターミーティングの模様をまとめました。
その1(開催の経緯と論点)
http://www.isize.com/sports/football/jleague/topics/topics_vivid_N20010529018.html
その2(一問一答)
http://www.isize.com/sports/football/jleague/topics/topics_vivid_N20010529019.html
その3(一問一答)
http://www.isize.com/sports/football/jleague/topics/topics_vivid_N20010529020.html
その4(フロントへの提案)
http://www.isize.com/sports/football/jleague/topics/topics_vivid_N20010530014.html
その5(フロントからの提案について→サポーターも一つになって欲しい)
http://www.isize.com/sports/football/jleague/topics/topics_vivid_N20010531011.html
訂正その1
http://www.isize.com/sports/football/jleague/topics/topics_vivid_N20010531013.html

ご意見、ご要望、批判、間違いの指摘など、随時受け付けてますのでメールしてください。

あんまり悲しいから

ニュースコラム

あんまり悲しいから

by Etoh Takashi 2001.5.16



コラムを書きました。よかったら読んでやってください。

http://www.isize.com/sports/football/jleague/topics/topics_vivid_N20010516007.html



それから、悲しんでる間にもリーグ戦は続いていきます。それはそれ。これはこれ。

サポーターのみなさん、頭を切り替えて小林新監督率いる大分トリニータをサポートして行って下さい。

石崎監督解任

ニュースコラム
石崎監督解任
by Etoh Takashi 2001.5.15

大分FCからニュースリリースとして正式発表になりました。
後任は小林伸二サテライト監督が代行監督となり、事実上の監督として現場の指揮を取るそうです。

ISIZEに、大分FCから発表されたリリースの抜粋を掲載しています。
http://www.isize.com/sports/football/jleague/jleague.html

石崎監督の采配については賛否両論がありましたが、個人的に言わせてもらうと非常に残念な事です。
なお、小林さんは代行監督という事で、今後別の人事が行われると予想されますが、どうなるでしょうか。

大分、またもや連敗。でも…。

ニュースコラム
大分、またもや連敗。でも…。
by teto 2001.5.14

前半は大分のペース。ひとつには、山形のプレッシングサッカーが機能していなかったため。しかし、せっかく握っていたペースも、その時間帯に得点を決めきれないと後々苦しくなってしまうもの。
後半になると山形が盛り返すが、そのきっかけが58分のクビツァから神野への交代。前線で起点になれていたクビツァに対して神野はボールをキープできず、はじき返されてしまう。練習では切れていたらしいのだが…。
さらに自体を悪化させたのは70分のスターレンスの退場と91分の吉田の退場。9-11では劣勢に立たされる。

延長に入って山形にも退場者が出たが延長後半4分、際どいタイミングで抜け出した堀井から中央佐藤へクロス。ヘディングシュートがポストに当たって跳ね返ったところを佐賀が鋭く蹴りこんでVゴール。残念な敗戦となった。

ちなみに気休めを書くと、99年の川崎F、FC東京。2000年の札幌、浦和と過去2シーズンの昇格チームは全て1巡目の山形戦を落としていることをお知らせしておこう。でもやっぱり気休めだなぁ、これ。

今期の試合結果はData Libraryの2001年試合結果で。
http://home.att.ne.jp/air/footbose/nwbn/data/mr2001.html
ニュースコラム
大分、やっぱり強豪×アウエイ×一万人以上のジンクスを破れず
by teto 2001.5.8

休養十分のマルコスが帰ってきた仙台は本物だった。駒場を上回る18,974人で膨れ上がった仙台スタジアムは、彼の2発に狂喜乱舞。
圧巻だったのは、先制点。左からのクロスに対し、二人のディフェンダーと競りあいながらも、完璧に頭で合わせて大分のゴールに叩きこむ。

大分も、後半にセットプレーからスターレンスが美しいゴールを決めるが、最後はやっぱりマルコス。コーナーキックのこぼれダマを、逆サイドから財前が上げたクロスボールを中央で再びヘディングシュート。いやー、すごい選手だ。
「よっ、すごいね大統領!」という下町のキップのいい江戸っ子の掛け声を想像しても、なぜかしっくりくるマルコスであった。

それにしても、山形とのみちのくダービーと上位陣との対戦は、見る機会があればぜひぜひ仙台スタジアムに行って見てください。ここの雰囲気は、ほんとにいいから。

あれ、なんで仙スタの宣伝してるんだろう、オレ(涙)?

今期の試合結果はData Libraryの2001年試合結果で。
http://home.att.ne.jp/air/footbose/nwbn/data/mr2001.html
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