インカレ決勝へと駒を進めた両監督の話を聞いていると、共に面白い共通点があった。それが今年の代が始まる際に感じていたという不安感である。
例えば明治大学の神川明彦監督は「今年は苦しいシーズンだったが4年生を中心に立て直してくれた」と4年生が主体的にチーム改革に取り組んだ結果である旨を強調している。
それに対しJ2に進んだ選手が4人もいた専修大学の源平貴久監督は、その代が卒業した事によるチーム内の自信の喪失を懸念し、「最初は岩にしがみついてでも1部に残留しようと考えるようなレベル」だったのだと今年の初頭を振り返る。しかしそこで4年生が主体的に動き、練習前にある儀式を行うようになったという。手をつなぎ「俺達はできる!」と3回繰り返すというものである。
インカレの決勝に進んだ両校が共に学生の自主的な働きかけによりチームを立て直したという点に興味深さを感じた。サッカーは常にプレーが流れ続けるという特性を持つスポーツであり、試合が始まった後にベンチがピッチ内に関われる領域は非常に限られている。そうしたサッカーの特徴を考えると、監督が上から口を出し選手の能力を引き上げる余地には限界がある一方で、選手たちが自ら話し合い、ボトムアップしていく余地の大きさの可能性を示しているのかもしれない。
では、実際にどのように選手たちはボトムアップの過程を踏んできたのか。
源平監督によると、そもそも専修大学は「自己表現が下手な選手が多い。でも技術はしっかりしている」選手たちがほとんどなのだという。つまり、ここ一番に弱いからこそ専修大学に来ていたというような選手ばかりだったという。そんな、勝負弱さを持つ選手たちが自己肯定の言葉を唱え続けたことで、変わるのである。
そしてそんな過程を横目で見つつ、源平監督はふと新聞に掲載されていたある本のキャッチフレーズに目を止めたのだという。それが、女子W杯を優勝へと導いた澤穂希の「私はできる」というものだったのだという。
もちろん、ただ自己肯定を続けるだけで何かがうまくなるわけではない。ただ、「やり遂げる力がある」という事を信じながら練習をする事の意味はやはり大きいと言わざるを得ない。そしてそれが実現する過程というものを専修大学は関東1部リーグの初制覇、そしてインカレ決勝への進出という経験を通じて体感しており、だからこそ、決勝進出を決めた試合後の監督からのコメントとして、そうした成功体験が口をついて出てきたのだろう。
振り返ると、今年は自己肯定することの大事さを感じさせられた1年でもあった。07年に発表された「なでしこ vision」ではワールドカップ優勝の目標の時期として2015年大会が上げられていた。そしてこの目標が発表された当時、どれだけの人が女子ワールドカップでのなでしこジャパンの優勝を信じていただろうか。世界とはパワーや身長といった生まれ持つフィジカルの能力の違いがあり、それを言い訳に難しいと考えた人がほとんどだったはず。しかし、幾許かの運を味方につけた彼女たちは、並み居る強豪を打ち倒しつつ前に進んだ。そして日本中を動かす偉業を成し遂げる。
現実を受け入れて、何かを諦めるのではなく、現実を受け入れて、それを乗り越える努力に打ち込むことの大事さが、なでしこジャパンのあの夏の経験には込められている。そんななでしこジャパン(とそれを草の根で支えてきた育成年代からの名も無き多くの指導者たち)のあの夏の成果と、「俺達はできる!」と3回繰り返して練習に臨んだ専修大学の関東1部リーグ初制覇とインカレ決勝進出との間に、本質的な意味の違いはないと思う。
もしかしたら日本人は聞き分けがいい人種なのかもしれない。おとなしさや従順すぎる部分があるのかもしれない。現実に抗って、なんとしてでも這い上がろうとするガッツは、豊かな社会の中にいては身につかないから。だから、今の社会は、現実を受け入れた多くの人達の不作為によって、日々蝕まれている。誰かにその責任を転化しながら。
しかしその一方で今年、日本は現実に抗わなければならない大災害と直面した。「しょうがないよ」で放置する訳にはいかない悲劇が重なった。そんな年に、なでしこジャパンが常識はずれの成果を残し、そんな年末に自己肯定のチームがはじめてのインカレ決勝進出を決める試合を目の当たりにする。
サッカーは人生の縮図であると言われる。そしてそれはおそらくは正しい言葉であろう。もしそうであるならば、そろそろ日本人は現実と戦ってもいいのではないか。夏と冬とに見せてもらったサッカー界の2つの奇跡的な出来事から、そんな事を感じた。ニヒルに、斜に構えて社会を俯瞰しているつもりでいて、結局はその社会に流されている多くの人たちの一人として、自戒を込めてそう思う。
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