下薗昌記
本書によると「ジャポネス・ガランチード」とは、「保証書付きの日本人」という意味になるらしい。この、耳慣れない「ジャポネス・ガランチード(保証書付きの日本人)」というタイトルが故に内容が想像しにくいのが実に惜しい。
ただ、著者の下薗昌記さんがあとがきにて「マニアックなテーマであることは承知しているが」と前置きしつつ「日系のサッカー史」を「ライフワーク」であると表現しており、この書名には下薗さんなりの必然性があったのだろう。ちなみに下薗さんは「マニアック」と評されているが、題材がそうだとしても内容は非常に読みやすい。
本書は、ブラジルなどでプレーしてきた日系人をめぐるそれぞれの物語を追いかけたもの。ブラジル社会にしっかりと根付く日系人がどのようにブラジル国内のサッカーシーンでの立場を確立してきたのかが描かれている。
本書は日系人として唯一国際舞台に立ったブラジル代表選手であるアデミール・ウエタという選手についての紹介から始まる。彼は「シナ(中国人)」の登録名で1968年のメキシコ五輪代表に出場。その背景を描きつつ、ブラジルサッカーの歴史が紐解かれ、読者を引きずり込むのである。
日系人が作ったサッカークラブの話や数多くの日系人の闘いの歴史が述べられる中、あのカズのエピソードが出てくる。日本人を示す”ジャポネス”という言葉が、ブラジル人にとって”サッカーが下手な人”を馬鹿にする時に使うスラングだという話はそれなりに知られたことだと思う。こうした日本人、日系人への偏見を払拭したのがあのカズだったというエピソードである。ここは、実際の出来事や数字を用いて説明されておりわかりやすい。
もちろんセルジオ越後やネルソン吉村といった日本でもお馴染みの日系人のエピソードにも事欠かない。新書ではあるが、非常に奥深い本になっている。
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昨年開催されたコンフェデレーションズカップにおいて日本代表は地元ブラジルの観客から盛大な歓声を浴びた。それについてはサッカーの内容とともに、ブラジルという土地に根付き、まじめに生活をしてきた日系一世たちが築いてきた社会的信用がベースにある。書名となっている「ジャポネス・ガランチード(保証書付きの日本人)」は、まさにそうした日系人に対して与えられた信用を示す言葉だ。
ちなみに1月6日に上智大学にて中田徹さんが上智大学生を相手に講義しているのだが、ここで提示されたスライドの中に行列を乱さないブラジル人という写真があった。ラテンの気質を持つブラジル人は、そうした部分でおおらかさがあるのかとも思ったが、スタジアムから帰宅するための長蛇の列を乱す人間に対しては容赦無いブーイングが浴びせかけられるのだという。もちろん、最後の最後。バスののりばではカオスになってしまっていたらしいが。
ブラジル人の律儀さについては、ぼくも同じような光景をブラジリアでの開幕戦前に目撃している。コンフェデレーションズカップとワールドカップ開催に反対するデモ活動を行う学生に対し、警察当局が鎮圧のために催涙ガスなどを使う場面に居合わせたのだが、この際に律儀なブラジル人は、ぎりぎりまで列を崩さないのである。
※これは江藤が撮影した動画で、画面左手にはブラジルが日本代表を迎えて行われたコンフェデレーションズカップ開幕戦が行われるスタジアムがそびえている。動画の冒頭から正面に見える人垣は、スタジアムへの入場を待つ一般の観客である。10秒ころに画面右から大きな放水車が出てくるが、この放水車の向こう側にデモ隊が存在。彼らに対し、発砲音のような「パン」という音が聞こえ始めても列は壊れない。おそらくは発砲音の正体は催涙ガスで、これに追われたデモ隊が、入場待機列を横切り始めてようやく列は壊れる(40秒ごろから)。その後は混沌である。
ちなみにスタジアムではオープニングセレモニーが行われており、多くのジャーナリストはスタジアム内に移動済み。江藤はたまたま撮影を行っており、オープニングセレモニーの存在を忘れていてこの騒乱に遭遇した。
デモについては、こちらのエントリーもご覧ください→
コンフェデ杯取材記・6月15日「コンフェデレーションズカップ開催反対デモと、鎮圧にあたる警備当局」
ギリギリまで列を崩さないブラジル人については、もちろんチケットを買えるのがブラジル国内でもある程度の収入を得ている裕福な人達だったという側面を忘れてはいけない。ただ、それにしても彼らは人種のるつぼとなったブラジルで生活する以上、最低限の社会性を重んじるのであろう。そしてそうした社会性を国民性として持つ日系人がブラジル人社会の中で信任を得てきたのは十分な必然性があったと考えて良さそうだ。
それにしても冒頭に書いたとおり、なぜ下薗さんがこの書名でこの本を上梓したのかが腑に落ちない。これじゃ、せっかくの名著が売れない!と思いつつ、日系人にブラジル社会が与えた最上級の栄誉を、あえてポルトガル語で日本人に伝えたかったということなのかもしれない。何にしても、ブラジルワールドカップを前に一読をおすすめする一冊である。
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