2012年1月8日、9日にかけて岐阜で行われた全日本女子ユース(U15)フットサル大会に出場。決勝トーナメントに進出しながらも、予選リーグでのエースの負傷もあって準決勝で敗退。それでも全国3位となったのが、大分県中津市で活動を続ける女子チームの中津FCポマトである。
中津FCポマトは、トップチームが2011年の九州女子リーグ2部で戦い、年間2位となったチームでもある。
九州女子リーグで戦うトップチームを持ち、アンダー年代も全国の舞台に立つ中津FCポマトを率いる古西譲司監督にインタビューする機会を得たのでここで紹介しようと思う。
ちなみにこれは余談になるが九州女子リーグは当初、2012年1月に1部と2部との入れ替え戦を実施する予定になっており、1部昇格をかけて中津FCポマトが1部5位のニューウエーブ北九州レディースとの大一番に臨むことになっていた。しかし、決戦を前に2012年の九州女子リーグが2部制から1部制に変更となり、入れ替え戦は中止となっている。
ワールドカップでの優勝により、トップレベルの女子サッカー選手に強烈なスポットライトが当てられる一方で、そうした女子サッカー界を底辺から支えているのがこうした街クラブと、それを運営してきた指導者である。
インタビュー中、古西監督は「私はかなり家庭を犠牲にしてきました(笑)」と苦笑いしつつ「『自分の子供のことはどうするの?』なんて言われたこともありますよ。たぶん、指導者はみんなそう言われているんだと思います。よっぽど家庭からの理解がないと続けられないですよ」と話していた。
日本中のこうした女子サッカー選手向けの街クラブを指導し運営する方の大半は、同じような境遇に置かれているはず。決して恵まれた境遇ではないはずだが、それでも彼らが活動を続けているのは、ただひたすらに、サッカーを続けたい女子選手がサッカーを続けられる場を用意したいとの思いがあるからであろう。
サッカー選手として、同年代の女の子たちが経験する楽しみの多くを自ら制約して練習して、そしてなでしこジャパンは結果を出した。だから彼女たちがきらびやかなスポットライトを浴びる事についてはいいことだと思う。彼女たちにはその権利はあるし、そうやってメディアで取り上げられることによって、女子サッカーのみならず女子スポーツ選手に対する関心は深まり、その競技への関心も出てくるはず。そしてこれからスポーツの世界に入ろうとする女の子たちの目標になっていくのだと思う。
その一方で、こうした情報の受け手としての我々は、そうした華やかな世界を支えているのが、名も無き指導者や街クラブであるという事実にも目を向けるべきだと思う。そうする事が、消費され使い捨てられるだけだったスポーツというリソース(資源)が、文化として地域に根ざす一歩になるのだと思う。
結果を出している時だけに目を向けるのではなく、常に身近な存在として日常的に接するものであるのだと、そういう理解をスポーツに対して持ちたい。そしてスポーツを提供する場を無くしてはならないものだとして考える、そう思える人がひとりでも多くなってほしいと思う。
「素質のある上のレベルにまでいけるような子がそこで終わっちゃうんです。続けられれば、そういう子が澤選手や川澄選手のレベルにまで上手くなるチャンスがあるんです」
中津FC−POMATO 古西譲司監督
Q:活動は今年で何年目になりますか?
A:21年目です(1990年創設)。中津市のサッカー協会から女子部を立ち上げないかと言われて立ち上げました。それはトップチームとしてです。私がまだ現役でやっていて、今の代表の松下さんという方が監督をするようになっていて、コーチを誰にするのかという話で、私の方に声がかかりまして。現役と女子とをやりながら、という形です。
Q:レベルだったり集まり具合は?
A:当時から25名くらい。当時、女子でサッカーをやる子が25名もいるとはぼくは思っていなかったです。
中学1年生から社会人まで来ました。年代を決めずに集めました。ただ、小学生を教えるのは難しさもあると思いましたので、小学生の募集はかけていませんでした。中学生以上ということで。小学校でどうしてもやりたいというのが、今そこでコーチしている女性です。小学校6年生でやりたいということで入って来ました。
Q:カテゴリーの分化は?
A:集めておいて、その都度分けられる時に(世代ごとに)分けるという形です。
正式にU12で立ち上げようという事で始めたのが5年前です。このままでは上につながる子が少なくなっていたので、立ち上げて上につなげていこうということで。そしたら中学生が3学年で21人。3年生が7人。2年生が6人。1年生が8人という形でU12から上にそのままスムースに上がってくれるようになりました。
1期生は高2になりますが、2期までは入部希望者は少なかったですね。
最近の子は上手い子も多くなってきていて神村学園や、柳ヶ浦高校に進学する子もいます。
Q:クラブ存続の危機みたいなものはあったのですか?
A:いろいろ工夫しないと、女子のチームはなかなか続かないですね。うちにも過去には厳しくてやめようかという危機がありました。そこが3年くらい続いて、人数が14〜5人で、試合には11人は絶対に集まるんですが、それだけでは足りなかったので。危機感をもってやっていました。
それは10年くらい前ですね。そのへんが厳しい時期でした。2002年のワールドカップ前から徐々に少なくなってきていて、ピークが10年くらい前。九州リーグに入っていましたが、いつも下位でしたね。全く歯が立たなかったです。いい試合はしても、勝てない。引き分けたり、負けたり。
Q:今現在の年齢構成や部員数は?
A:少年の中でやっている小学生も含めて、U12が25名くらい。中学生は21名。高校生は1年が6名。2年、3年がいないんですが、高校生は高校のチームでやらなくてうちで残ってやりたいという子が6名。
社会人でトップが6名。その上にオーバー30のレディースのチームもあるんですがそこは生涯サッカーで、サッカーを楽しみながら続けていきましょうということで、一番下が32歳から、上は52歳まで。幅は広いです。50代は2名だけですが。生涯サッカーを続けたいという思いはあるようですね。
■九州女子リーグの遠征は自己負担です
Q:女子にサッカーを教える立場の人間として、なでしこの優勝に勇気づけられた部分はありますか?
A:それはありますね。女子が世界に通用するという事になれば、当然この子たちにもそこに続くチャンスがあるということなので。だけど、やっぱり田舎のチームなので、ここから外に出ていかないと、そこに直接つながるのは難しいのかもしれません。ただ、今、U15の中にナショナルトレセンに…、県トレにU15で5名入っています。その中の2名が九トレに入っていて、その内の一人がナショナルトレセンに選ばれました。
東日本大震災の前に一人だけU15、中学3年生が全日本のトレーニングキャンプの方に呼ばれたんですが、震災と重なって没になって。そういうこともありました。
Q:3位になったU15のフットサルは九州大会を勝ち抜いての出場と聞きました。
A:九州大会は沖縄のうないが昨年、全国大会で準優勝してて、そのチームとやってそれに勝って、行けたんですね。
うちの場合、サッカーがメインなので、フットサルはオフシーズンのものなんです。狭いコートの中で判断の早さ。考える隙がないので、判断の速さや足元のテクニックですね。狭いところでどうやって攻めるのか。そこを勉強してもらいたいと思い、去年から始めたんです。
去年は去年で、今の高校1年生が大分県は選抜で行ったんですが、九州大会は3位で終わって行けなくて、今年は単独で出たら結果が出ました。今年の大会は、県予選はありませんでした。他の参加チームがなくて、推薦でそのまま九州大会に行きました。
優勝した福井の丸岡RUCKレディースは上手いですね。フットサルもやっているみたいで。バーモンドカップには今のチームの子から1年生が4人くらい出ているようです。そういうので、よくフットサルを知っていますね。うちははじめて2年ですが、11〜2月くらいの期間だけです。ただ、フットサルは今後も続けようと思います。ひとつのトレーニングになるので。それは引き続きずっとやっていこうと思います。
Q:トップチームが参加している九州女子サッカーリーグは来年から1部制になるみたいですね。
A:元々は1部制でした。3年前に2部制にしようかという話がでて。九州リーグでも差が出てきたので、そこは上の部分と下の部分を分けて、試験的にやってみようという話で。最終的に今年は、1部と2部とで交流する場がない。同じ九州リーグのカテゴリーに入っていて交流する場がないので、それでは1部のチームは2部とやりたい。2部は上とやってどれだけ差があるのかを知りたいという意見が出て、1部制に戻しましょうという話になったんですね。1チームだけ反対はあったようですけど。せっかく2部制で頑張っていたのにと。でもレベルの高いチームとやるというのは、この子たちがどこのレベルに居るのかを知るという部分でも必要ですね。
Q:九州女子リーグからの降格はありますか?
A:可能性はあります。常に毎年、各県の県リーグの推薦、優勝とかのチームと、それとは別に九州大会、で県代表ででてきてベスト4とかという条件があるんですが、それが12月とか1月のチャレンジリーグをやってそこで優勝すれば九州リーグの下位のチームと入れ替え戦をするんですね。自動昇格ではないですね。女子のチームが少ないので。
Q:全九州のリーグとなると、遠征も大変なのでは?
A:鹿児島のアサヒナというチーム( 鴨池FCアサヒナ )がチャレンジリーグ、なでしこリーグの下に上がっているので、鹿児島からチームがでてこないんですね。遠くても熊本です。宮崎もチームはあるんですが、なかなかでてこない。鹿児島なんかは神村学園が高校でもトップクラスですが、そういうところは入ってこないですね。
Q:遠征は自己負担ですか?
A:遠征は自己負担です。クラブチームでもスポンサーが付いてきっちとしたNPO法人でやっているところなどは遠征費の補助が出てきたりするんですが、うちは完全にスポンサーもいないので月の会費と、出ていくときは自己負担でやります。だから、大変ですね。
Q:スポンサーを付けたいというのは?
A:そうする上では、チームとして九州でもトップレベルの力を付けて、目指すものをはっきりさせないといけないので、そこが難しい所です。もちろん、九州のトップレベルで戦うチームになろうとしてやっています。強くしていきたいという意識はあります。ただしそこまで行く実力が、選手、スタッフを含めて難しい所があります。
Q:現在のスタッフは?
A:コーチが3名ですね。今練習を見てくれている彼女(村本さん)ともう一人、親子でうちに入っていて、娘が入りつつ、お母さんもレディースに入っていて選手兼コーチでやっています。それとGKコーチがいます。そこの娘さんも中学2年生でやっています。
これくらいカテゴリーが多くて、いろんな大会に出てしまうと、やっぱり手分けしていくのが大変です。私も全部のカテゴリーにはついて行けないので、コーチに任せる部分と分けてます。
前にレディースが全国大会に行った時に、招待試合で福岡で大会がありU15とU12と3カテゴリーが同じ日に試合をしたということがありました。
Q:女子ならではの難しさは?
A:男子とは違いますね。精神的な部分でなかなか難しいです。ただ、20年やってきて慣れるのは慣れてきました。男子の場合、ガツンと言っても大丈夫なんですが、女子の場合、追い込んでしまうとそのままさよならってこともあります。「私やめます」ってあっさりしてます。好きなんだけど、というのはあっさりしてますね。
Q:長年続けてきてよかったと思う点は?
A:やってよかったというのは、サッカーの方でチームとして良くなってきてフットサルでも結果が出てやってきてよかったということはあります。やっぱり全国に出すことができて、それはすごくいいことですよね。みんなに見てもらってね。
Q:湯郷Belleに所属していた田畑沙由理さんはこちらの出身ですよね。
A:ほんとに中津出身の子で、小学校は少年の中でやっていて、中学校になってここに来て、そこから九州リーグに出ていて、神村学園さんの方から声がかかって。ぜひ来て欲しいと。その当時、神村学園に2人行きましたね。
Q:なでしこリーグでやっている他の出身選手は居るんですか?
A:うちは田畑沙由理だけですね。
■いい子が続けられないというのが本当に残念です
Q:小西さんとしての目標は?
A:素質のある子もいるので、この子たちを如何にして九州レベルのところに送り出すのか。そこから最終的には全国、という目標はあります。このくらい選手が居ると、そういう高い目標がどんどん出てきますよね。
ただ、年齢的には次に譲れるところはないかなという年齢になってきてます(54歳)。年齢は指導者には関係ないのかもしれませんが、次に繋がる指導者を作っておかないと。
Q:プライベートはかなり制約されてしまいますね。
A:これくらい試合とか色々やっていると、ほとんど土日が無いですね。ただ、子どもたちが一生懸命頑張ってくれているので。
Q:彼女たちの成長を観るのが楽しみだと。
A:そうですね。
Q:代替わりについては後継者は?
A:スタッフがもう後2人くらい欲しいです。ただ、家庭もあるし、ある程度年齢的に一番手がかかる年代の子供を抱えているサッカー関係者、知り合いが多いので、コーチで入ってくれないか、と言うんですが、家のこととかを考えると、なかなか来てもらえないですね。簡単じゃないです。
私はかなり家庭を犠牲にしてきました(笑)。
「自分の子供のことはどうするの?」なんて言われたこともありますよね。たぶん、指導者はみんなそう言われているんだと思います。よっぽど家庭からの理解がないと続けられないですよ。
Q:このチームのお陰で中学生年代の女子選手が続けられるという事実があるんで、うまく支援の輪が広がってほしいですね。
A:でもいろんなところが協力してくれます。資金面では、中津で主催する女子の大会の際にスポンサーをお願いしたら快くやってくれるところもあります。ただ、クラブに対するスポンサードとなると難しいですね。
Q:全員が集まることは?
A:土曜日がレディース、トップ、ジュニアでやっているので、その時は結構な人数が集まってきます。社会人も出てきますからね。
Q:選手はほぼ中津ですか?
A:今は広域になってきてますね。ほぼ中津なんですが、次に多いのが豊前市で6人くらいいます。次に宇佐で3人。あと、一人は日田市から来てますね。日田からお母さんが車を運転して(日田市役所からだと、中津市の小祝にある練習グラウンドまでgoogle mapによると53.7 km、車で片道1時間 43 分ほどの行程となる)。
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うちでぜひやりたいということで。U12の時にうちにいたんですが、中学校になった時に日田市に女子のチームがないんです。で、どこを選ぶというと、大分市まで行くか別府市に行くか、中津に来るか。でこの子はサッカーをやりたいと。チーム自体もうちがいいと言ってくれて。
Q:日田市の現状はどうなんですか?
A:日田はやっている女の子は多いんですが、上の中学校の受け皿が無いんです。フォルツァ日田というクラブがあって、この男子の中学のクラブチームの中に一人で入っている子もいます。
そういう子が可哀想なのは、男子の中だとほとんど試合に出られない。練習試合だけなんですね。女子は女子の大会でそこで活躍できる道があるので、そこはそういうところに出してあげたいですね。
Q:女子選手の中学生年代の受け皿の問題は難しいですね
A:いい子が続けられないというのが本当に残念です。中学になると他のスポーツに行ってしまうんです。せっかく小学校で、サッカーをやっているのに、です。サッカーは特殊で、足を使うスポーツってサッカー以外にない。あとは手を使っていますよね。
Q:ゴールデンエイジのときに身に付けた技術が中学から埋もれてしまう。
A:そうなんですよ。素質のある上のレベルにまでいけるような子がそこで終わっちゃうんです。続けられれば、そういう子が澤選手や川澄選手のレベルにまで上手くなるチャンスがあるんです。
Q:川澄選手も危機があったと聞きますよね。
A:そうなんですよね。そういう事をなくさないとね。
去年、いい経験をさせてもらったというのが、INACが中津にキャンプに来てくれて。女子ワールドカップ前に。禅海(本耶馬渓町禅海グランド)と、三光のグラウンドを使って。その時に日本代表の選手たちも来ていました。
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Q:見学に行ったんですか?
A:いや、試合をさせてもらったんです。向こうの考え方として、その土地にサッカークラブがあればそのチームとの試合は良いですよ、ということで。基本は高校の男子と試合をやるんですが、それが終わった後にうちが30分1本でしたがやってもらいました。まあ、澤さんとかの主力選手はその前の高校生との試合で疲れていたようで出ていませんでしたが、他の選手たちは出てくれて、全然手を抜かずにやってくれてよかったです。スピード、ボールコントロール。組み立てとかの細かい所は全然違いますね。それを痛感してました。
Q:国体の女子の試合会場も中津で、それはいい経験だったのではないですか?
A:そうですね。
Q:自転車で通える半世紀に一度の国体だなぁと思って取材に帰ってきたんですよね。雨がひどくて残念でしたが。
A:そうでしたね。田畑が大分で出たのかな。1回戦で負けちゃいましたけどね。
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